矢印が自分に向く人、向かない人

 

 

 

「難しいなあ」と思う。

何かを伝えるということは。

本当に難しい。

見守るってことは放置することじゃない。

ぜんぜん違う。

まずここが伝わらない。

親は何もしない。
諦めて放置する。

それが「見守り」だ。

――みたいに普通に受け取られちゃう。

あるいは。

「見守ってればいいんですね?」

と、自分の判断を棚に上げてしまう。

見守ってさえいれば悪いことは起こらない。
きっと部屋から出て勉強するようになる。

そう楽観して信じること。
それが「見守り」だ、と。

違うんだよ。

もっと深いところで自分の頭で
しっかり理解してほしいんだよ。

そんな甘っちょろいことを
言っているんではないんです。

とことん、自分の頭で考えてほしいんです。

ココなんだよな。

ココで矢印が自分に向く人。
矢印が自分に向かない人。

たいてい矢印は自分に向かない。

誰かや何かのせいにする。
インスタントに原因を決めつける。

そしてお金で解決しようとしたりする。
不登校ビジネスとかね。

でも中には稀に矢印が自分に向く人も、
もちろんいる。

例えばそれはあなただ。

そしてこんな変ちくりんなブログを
毎朝読むようになる。笑

ようこそ、不登校という名のギフトへ。

何が言いたいか?

とはいえ、矢印が自分に向くことは
それはそれで相当に苦しい。

そうですよね?

少なくとも僕は相当に苦しかった。
矢印を自分に向けるということは。

でも「やり方」を知り「仲間」がいれば、
その辛さも少しは和らぐ。

ということでまず僕がお勧めするのは、
あかね先生のこの講座だ。

これ、絶対に受けたほうがいいです。

あるいは、単発のイベントなら
びーんずネットの散歩会もお勧めだ。

とにかくね。
一人で悶々とするのが一番
よくないと思います。

え?

講座も散歩会も参加は難しい?

であれば、日本全国どこでもお届け可能な
びーんずネットの本を読んでみてください。

「見守り教」だの「見守り沼」だの何だの。

見守りを軟弱で軽いものだと思ってる人、
けっこう多いみたいだけれども――。

あのですね、違いますよ。

見守るというのは覚悟のいることです。
甘っちょろさとは対極にあるものです。

強さそのものです。

ここで一人吠えても仕方ないのだけど、
たまには盛大に吠えてみたくなりました。

「わんわん、わんわん!」

今日も良い一日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在21歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。