本当にその意味を理解する必要がある

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5年前、息子が不登校になって
家にこもっていた頃。

自分の両親へ不定期に
状況を知らせるメールを書いた。
それが「不登校日記|僕らの場合」だ。

前にも書いたけど、今となれば、
訂正したい偏見がある。

ひとつは「不登校は怠け」という偏見。

もうひとつは「ひきこもりは
コミュニケーションに問題がある」
という偏見。

自分が心のどこかでそう思っていたから、
親への説明の中で「忍介はそうじゃない」
と何度も力説している。

不登校も引きこもりも「状態」なだけ

2019.02.16

実際、怠けでも
コミュニケーションに問題ありでもない。

むしろ、逆なのだ。

そんなこんなを、
改めて思い知らされた気がした。

少し長いけど、
多くの人に読んでもらいたい。

50代。
高学歴で有能なビジネスマンだった。

でもガンを患ったことからうつ病になり、
アルコール依存から家族に暴力を振るった。

家族が去った後、10年間たてこもり続けた。
そして、自宅で一人、衰弱死した。

記事中の印象的だった言葉を紹介する。

働けない自分を受け入れなかった。

彼は、元の有能な自分に戻れると思っており(有能でなくなったわけではないのだが、昔のような働き方ができないということを認めなかった)、何度も就職をしようとして、挫折した。

「福祉課の世話にだけは死んでもなりたくない」という。

福祉課の人は「わりと元気そうだ」と認識した。彼は全身全霊で「普通の人」を演じきったのだなと思った。

彼を見ていると「ひきこもる」と言うよりも「たてこもる」のほうがびったりくる。たてこもって、なにかと闘っている感じだ。

周りは敵なのだ。特に福祉課は敵なのだ。彼を支援しようとする人は、彼の敵みたいだった。

福祉行政側は、自分たちが「たてこもっている人の敵」なんて思ったこともないだろうけれど、一度はそういう視点に立ってみるのもいいんじゃないかなと思う。

福祉課や支援しようとする人は敵――。

字面で読めば、意味はわかる。
なんというか、その、日本語として。

でも僕らには本当にその意味を
理解する必要があるなあ、と。

ちょっと重すぎて、
諸々受け止めきれずに書いている。

ただ、やはり
一人でも多くの人に読んでもらいたい。

お時間ある時に、ぜひ。

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2 件のコメント

    • コメントありがとうございます。
      早速アマゾンで注文しました。読んでみます。
      いつもありがとうございます!

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。