「学校へ行くか行かないか」ではなく

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祖父は校長先生だった。

優等生だったし、いっぱい勉強して
いい大学へ行く。そして良い仕事に就く。

それが将来のルートなんだと思っていた。

だから中学1年生で不登校になったとき、
今まで目指してきたルートが
完全に閉ざされたと思った。
生きる意味がわからなくなり絶望した。

不登校新聞6月1日号、不登校経験者の
小林直央さんのインタビュー記事だ。

読んで大いに思うところがあった。
以下、要約する。

父からは不登校のことを
「いつまで甘えてるんだ」と言われた。

「いつになったら
甘えさせてもらえるんだよ!」
そう言い返した。

親ならこれまでずっと優等生で
がんばってきた俺を見てくれよ、
と思った。

祖父は祖父で、通っている学校に
乗り込んで校長先生に直談判した。

孫が不登校になるのは、
学校に問題があるんじゃないか、と。

「ご家庭にも何か原因があるのでは?」
と逆に返り討ちにあって、怒って
「あんな学校には行かなくていい」
と直央さんに言った。

行かなくていい、と言われても
ぜんぜん嬉しくなかった。

直談判までされて、このあと
どんな顔して学校へ戻れというのか?

結局祖父も自分の価値観優先で、
誰も直央さんの気持ちは考えていなかった。

この先どうやって生きればいいのか、
という絶望感がいつもあった。

だけど家族は、そうした僕の気持ちまで想像できていなかったと思います。
「学校へ行くか行かないか」ではなく「なんのために生きているのか、どうやって生きていけばいいのか」ということを僕はひとりで悩み続けていました。本当に孤独で苦しかったです。結局、新しい道は見つけられず、不登校のまま中学を卒業しました。

いい大学、いい仕事、という
信じてきたルートを外れたことに絶望し、
学校に頼らず生きていける道を見つけたい、
と苦しむ本人の気持ちはそっちのけで、
甘えるなと叱ったり、学校へ乗り込んだり。

第三者の視線で見れば
おかしいと気づけることも、いざ
自分の子どもが学校に行かないとなると
急に慌てて我を失ってしまう。

なんというか――。

学校行く行かないは本当に
「目先の結果」
でしかないと思うんだよな。
大きく俯瞰して見れば。

そこだけにフォーカスしすぎて、
本人の辛さ苦しさがいつも
置いてきぼりになってしまう。

本当に気をつけないとな……。

そう思った。

ちなみに、直央さんは現在19歳。
通信制高校を経て
大学で福祉の勉強をしている。

ただ自分の生きる道については
現在まだ模索中だ。
夢中になれるもの、
人生の軸を見つけたい、とのこと。

とても率直な言葉が
たくさん響いてきた記事だった。

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。