何でもあるレストラン

何でもあるレストラン
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学生時代、吉祥寺に住んでいた。
1990年代前半の頃だ。

駅前の定食屋は、小綺麗で
定食を出すわりには洒落て見えた。
かなり斬新だった。
並んでまで食べようとは思わなかったけど。

それが当時の大戸屋だった。

大戸屋赤字転落の原因は?

その大戸屋。赤字転落の記事を読んだ。

値上げだ、バイトテロだ、お家騒動だ、
と赤字転落には色々な見方がある。

ただ専門家の指摘は違う、
という話だった。

メニューは綺麗にまとまっているし、
栄養バランスも良い。

でも訴求力に乏しい、
とフードサービス・ジャーナリストの
千葉哲幸氏は言う。

価格・満腹志向の客も、
健康志向の客にも
どちらにも響いていない。

食べたい、と思わせる
定食になっていない、と。

ウリの一品を持つ店へ

千葉氏によると、経済が豊かになって社会が成熟すると、消費者は「何でもあるレストラン」ではなく「一品勝負の専門店」を求めるようになるという。

「高度成長期の日本人は、品揃えの豊富な店を喜びました。代表例が百貨店の食堂です。そして入店するとメニューを眺めてから注文を決めました。ところが安定成長期を迎えると、昔は『洋食』とひとまとめだったものが、フレンチ、イタリアンと、国別に専門性を求めるようになります。現在は和食でも寿司や天ぷら、イタリアンならパスタやピザと、さらに専門性が高く、“ウリの一品”を持つ店が人気です。消費者は自宅や職場を出る時に『ラーメンにしよう』、『インドカレーをナンで食べよう』と既に決めており、向かう途中で他の店を見ても、よほどのことがない限り、“初志貫徹”します」

ああ、これは本当に
その通りだなあ、と思った。

品揃えの豊富さではない。

これ!

というトンがったところに魅力が生まれる。

大戸屋の例でいくと、大戸屋自体を
ドラスティックに変えるのは難しい。

でも例えば別ブランドで
『魚の定食専門店』や
『鶏肉の定食専門店』に
挑戦してみるのもひとつだ、と。

何でもあるレストラン方式

発想が思い切り飛んでしまうのだけど、、、

この記事を読んで僕は
学校のことを連想してしまった。

学校って明治以来、ずっと
何でもあるレストラン方式だよね。

物理もありますよ。古文もあります――。
しかも残さず全部、食べろと言う。
テーブルマナー(校則)もうるさい。笑

食べたい、もとい、
学びたい、というメニューに
なってないものが多いと思うし、

そもそも。

もっと違った一品勝負のお店に行くという
「選択肢」があっていいと思うけどな。

…そんなこんなを思った。

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。