教えるのか、引き出すのか

教えるのか、引き出すのか

訳語として適切なのはどちら?

ご存知でしたか?

エデュケーションという言葉。
その訳語を巡って、
明治初年に論争があったそうで。

主張したのは森有礼と福沢諭吉。
森は「教育」がふさわしいと言い、
一方の福沢は「発育」が良いと言う。

結果、森の推した「教育」が採用されて、
森有礼は初代文部大臣にもなったんだけど、
福沢はのちにこう書いている。

学校は人に物を教うる所にあらず、ただその天資の発達を妨げずしてよくこれを発育するための具なり。教育の文字はなはだ穏当ならず、よろしくこれを発育と称すべきなり。かくの如く学校の本旨はいわゆる教育にあらずして、能力の発育にあり(中略)我が国教育の仕組はまったくこの旨に違えりといわざるをえず。
福沢諭吉「文明教育論」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000296/files/50553_37053.html

educationの語源である
educeという言葉の意味は「引き出す」。

その意味で「教育」というのは、
確かに少し方向が違うし
だいぶ上から目線の要素が
まぶされている気がする。

たかが言葉。されど言葉

教えるのか、引き出すのか。

これってとても重要な視点で、
明治の人たちは本質的な議論を
してたんだなあ、と思う。

同時に、教育でなく発育が訳語に
選ばれていたらどうなっていたんだろうな、
という夢想もしてみたくなる。

例えば—

  • ○○市教育委員会
  • 教育関係者
  • 教育内容
  • 教育効果
  • 教育方法

あらため

  • ○○市発育委員会
  • 発育関係者
  • 発育内容
  • 発育効果
  • 発育方法

うん。こうして言い換えてみても、
僕は「発育」の方が好みだな。

あなたはどうですか?

意識を変える

賢明なる大人が無知な子どもを
教えさとすのではない。

子どもが自分で育つ力を
適切にサポートする。

そのニュアンスは「発育」の方が
より際立つ気がする。

学びを21世紀仕様にアップデートする。
黒板スタイル一択をやめる。

そしてこの際いっそのこと、
教育って言葉も発育に
変えてみたらどうだろうか?

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在中学3年生・デモクラティックスクールを経て2019年春からホームスクーラー/忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。