誰もが別々の道にいて、別々の結果にたどりつくもの

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何を言うか、も大切だけど。
誰が言うか、も大きい。

  • ひきこもりは特殊な暗い人たちではない
  • 学力は幸福の保証にならない

サラッとこう書けば
「まあ、そうだよね」
という内容だと思う。

でもこの人からその言葉を聞くと、
ずっしり、響いた。

不登校新聞6月15日号の記事
「エリートコース」から6年半のひきこもり
やっとみつけた自分の道

東京大学大学院在籍中から
6年半ひきこもった石井英資さんの話だ。

2週間の休暇が6年半のひきこもりへ

東大大学院に在籍していた石井さん。
就活でも希望の会社から内定をもらった。
他人には何も問題ないように見えたろう。

けれども石井さんは疲れていた。
何十年もこの先ただ働くのか、と思った。

2週間の休暇を大学の研究室に願い出た。
それが結果的には6年半に及ぶ、
ひきこもりの始まりだった。

大学院は中退になった。
自分は落伍者だと思い込み、
羞恥心から外に出られない。
ゲームにのめり込んだ。

どこにでもいるふつうの人たち

そんな中。

ネットでひきこもり当事者の集まる
イベントのことを知った。

それまで石井さんは自分のことを
「ひきこもり」
だとは自覚していなかった。

ひきこもりは特殊な暗い人たちだ
と思って警戒していた。

だけどイベントに参加してみると、すぐに「ふつうの人たち」だとわかったんです。特別なところのない、どこにでもいる人たちでした。ひきこもりがこんなにふつうなら、「べつに自分がひきこもりでもいいじゃないか」と自然に受け入れることができました。それはすごく大きな経験でした。

学力は幸福の保証にならない

その後、いくつかの仕事をした石井さん。
塾講師の仕事をしていた時のことだ。

石井さんは最初、どれだけ生徒の
点数を上げられるかに専念した。

ただ、成績が上がって志望校に合格しても、
うれしそうにしないどころか、しんどそうな
顔をしている子たちがいるのに気づく。

逆に点数が悪くても
楽しそうにしている子もいる。

そんな姿を見て、生徒との関わりが変わった。
より生徒の心理面への気づかいを
心がけるようになった。

「いくら学力があっても、幸福になれるとはかぎらないんだ」と実感する出来事でした。

進む道は人の数だけある

最後にご自身を振り返っての一言も響いた。

引きこもっているときは、「自分は遠まわりをしている」と思っていました。「大学を卒業する」という正しい進路から、はずれたと思い、劣等感をかかえていました。だけど、今の僕が思うのは「進む道は人の数だけある」ということです。「遠まわり」というと、ほかの誰かと同じゴールを目指すイメージですが、そもそも誰もが別々の道にいて、別々の結果にただりつくものなのだと思っています。

遠まわりではない。
同じゴールを目指すのではない。

誰もが別々の道にいて、
別々の結果にたどりつくもの。

――改めて、その通りだなあと思った。

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。