親が試されるよね、不登校って

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学校に行かない、行けない子がいる――。

という話は、まあ、
当時も知らないではなかった。

要するに不登校の子のことだ。

でもそれは本当に申し訳ないのだけど、
遠いどこかの、見知らぬ誰かの話だった。

まさか自分の子が実際に
不登校になるとは思わなかった。

なんせ僕にとって
生まれて初めて出会った不登校の子は
自分の子だった。

たぶん、殆どの僕ら親世代は
そうなんじゃないかな?

やっぱり衝撃だったし、
思い切り慌ててしまった。

まったく情報も心構えもなかったからだ。

そして我が子の不登校は、
それまで予想していたものとは全然
違う姿かたちをして目の前にやって来た。

怠けている。
甘えている。
だから学校に行かない。

という、わかりやすい図とは真逆だった。

当時小3だった本人は生真面目で、
学校には行くものだと真剣に思っている。

でもどうしても行けずに苦しんでいる。

な・ら・ば。

行けるようになるように手助けをする。

「それが親の務めだろう?」

と真剣に思った。

怠けて甘えて行けないわけじゃない。
本人も行けるなら行きたいと思ってる。

だから親が支えて、教室に戻れるように
「道筋」をつけなければ!

単純にそう思っていた。

いや、本当に単純だな。笑

そこからのあれやこれやは、端折る。
(詳しく知りたい方は不登校日記参照

そして今にして思う。

当時の僕は一生懸命、息子を
「学校に行ける子」に変えようとしていた。

矢印は完全に息子に向いていた。

でもその矢印の向きは違う。

実は親のほうが試されているのだ。

息子を「無条件で応援できる親」に、
僕自身が変わる必要があった。

相手を変えるんじゃない。

自分が変わるんだ。

それは口で言うほど
簡単なことじゃなかったし苦しかった。

でも矢印の向きがそう切り替わったとき。

不思議なもので、何度も拒んでいた
デモクラティックスクールの見学に
息子が興味を示した。

そしてそこに通うようになった。

ただの偶然かもしれない。

でも完全に手前味噌だけど、
やっぱり僕の変化の影響は大きかった、
と今では思っている。

外から見れば何も変わらない。

でも心の中のありようは大きく変わった。

何が言いたいか?

その経験がやっぱり大きかった。

ものすごおぉぉーーく大きかった。

だから今、こんな活動をしている。
飽きもせず。

そしてなぜこんな演説してるかと言うと、
昨日もメディアの取材を受けて
夫婦で話を聞いてもらった。

その「余勢」です、完全に。笑

記事にはならないかもしれない。

でもそんなこんなの熱い思いを
じっくり聞いてもらえて、嬉しかった。

ありがとうございました。

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。