『不登校』ではなく『不来校』を問題にすべき説

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昨日に引き続き不登校新聞1月15日号。

「『不登校』ではなく
『不来校』を問題にすべき説」

不登校経験者・喜久井ヤシンさんのコラムが
”キリッ”と音がするくらい良かった。

「不登校」と言うと――。

「登校しない子ども」

の側に問題があるみたいに響く。

そうですよね?

でも「不来校」と発想を換えてみれば、
「大勢の子どもたちが来校しないこと」
に問題がある、というように変わる。

責任の所在は個人の側にあるのではなく、
学校や教育の制度の側にあるのだ、と。

「不登校」を問題視するかぎり、不登校の子が18万人いても、一人ひとりの子の責任、一人ひとりの親の子育ての責任になりかねない。しかし「不来校」は社会全体で取り組むべき課題であり、ひとりの子、ひとりの親が責めを負うものであるはずがない。責任を負うべきなのは「不来校」の問題を生み出す日本社会のはずだ。

前にも書いたことだけど、、、

選ばれる場所になる努力

2020.10.27

不登校の子が悪い、問題だ、と騒ぎ立てて
学校に無理に来させようとするのではなく。

学校の方こそ、子どもたちに
「選ばれる努力」を怠らないように
本来するべきだよなあ、と。

不登校18万人。

それは学校に適応できない問題児が
どんどん増えているという話じゃない。

今の学校に対して子どもたちが行動で
突きつけているNOであり、ダメ出しなのだ。

大袈裟な話ではなく、真摯に
そう受け止めるべきじゃないだろうか?

ちょっとした言葉の言い換えかも知れない。

でも「不来校」というのは、問題の焦点が
何かを明らかにする発想でもあると思った。

そういう意味で「登校拒否」って意外に
「不登校」より本質を突いていたかも……。

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。