部活動。
合唱コンクール。文化祭。体育祭。
「みんなと力を合わせて一致団結!」
修学旅行。卒業アルバム。
「楽しい青春の思い出の1ページ!」
子どもが不登校になる。
普通の子と同じような、
こういう学生時代の思い出。
親はそれが作れなくなると焦る。
嘆く。不憫に思う。
自分の過去の経験に照らしてね。
でもね。
うちは小学3年で不登校になって以降、
いわゆるそういう学生時代のトピックは
一切合切全部キャンセルだった。
彼は理科の実験でビーカーに触ったことも
体育祭で騎馬戦をしたことも一度もない。
それでも本人を見てると
そんなのまったく問題ないようだ。
これ、要するに親の単なる
ノスタルジーでしかないんだよな。
部活も、文化祭も、修学旅行も、
ぜんぶなくても平気な代物だなあと。
身も蓋もなく言えば。
そもそもこれってぜんぶ
日本独自のものだしね。
ガラパゴス携帯=ガラケーならぬ、
ガラ学校イベント。笑
あんまり不登校を美化して言いたくはない。
それでもときどき、
どうしてもこう思ってしまう。
うちの大学生もそうだけど、、、
不登校を経験した子どもたちは
一度いわゆるレールから外れたぶん、
どこか強さがあるように感じる。
それは見るからにいかにも
「たくましい」感じの強さじゃない。
でも簡単にはポキっと折れない。
竹のように風に吹かれてもいなせる強さだ。
いつの間にか気づけば我が家の大学生も
頼もしくサバイブするしなやかさや、
自分なりの判断基準を身につけている。
そして今月末には中東はアブダビ経由で
海外留学へと軽やかに旅立とうとしている。
(あ、親バカですみません)
これからの時代は
僕らが若いころのような
「レールに乗っていれば安心」
な時代や世界じゃない。
誰にも先が見通せない混沌とした世界だ。
AIの予測不能なまでの急激な進化もあって
産業革命以来の大変革になる予感さえある。
いや、僕らの若いころだって本当は
レールに乗っていれば安心、じゃなかった。
なんせ俺ら、天下御免の就職氷河期世代だ。
失われた30年間のド真ん中にいた世代だ。
レールに乗ってきた恩恵なんて、
一切、1ミリも受けてこなかった。
「まったく。なんでこうなった?」
って例によって話が逸れた。
円高時代の感覚が抜けない親としては
「そんなの直行便にしときなよ」
なんてつい古い価値観で思ってしまう。
でも今は90年代とはまったく違う。
円だってものすごく安く弱くなってる。
戦争の影響でシベリヤ上空も飛べないし。
そして彼らは僕ら親が思っている以上に
タフでしなやかだ。
自分なりの検索力も検討力も行動力も
ちゃんと身につけているんだよね。
親はただどっしり構えて見ていればいい。
とにかく口出しをせず――。
なあんて。偉そうに。
もちろんたっぷりの自戒も込めて。笑
今日も良い一日を。
P.S.
一緒にお散歩しながら話しませんか?
9月の散歩会は川崎です。
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