どうすればいいですか?

「どうすればいいですか?」

という質問に違和感がある。

もちろんその質問に
違和感がない場合もある。

例えば、、、

車のバッテリーが上がってしまった。
乗車券を失くしてしまった。
サンタさんに手紙を書きたいんです。

そういう場面で、
「どうしたらいいですか?」
と聞くのはわかる。

問われた側も、具体的な方法を
伝えることができる。

でも抽象度の高い問題で
「どうすればいいですか?」
と質問するのって、どうだろうか?

それはどこか「正解」があるのが
前提な質問じゃないだろうか?

「他にどういう方法がありますか?」
「どんな可能性が考えられますか?」
「何か参考になる似た例はありますか?」

そうやって噛み砕いたり、
具体的に聞こうとするのはいい。

でもいきなり
「どうすればいいですか?」
と質問するのは、
ぜんぶ相手に委ねてしまっている。
そんなところがないだろうか?

学校で教えられるものの多くに
「正解」がある。

それが大人になっても
どこか僕らを蝕んでいないだろうか?

ある人があなたのところに
やってきてこう聞いたとする。

「幸せになりたいんです。
どうしたらいいですか?」

なんと答えますか?

悩み、何をどうしていいものか
途方に暮れてしまっているような時は
別として…

自分はどうしたらいいと思うのか?

まずはそこを一度、考えてみたい。

自戒を込めて…。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。