相互承認の態度を土台として

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嫌いな人

自分が好きな人を一言で言うのは難しい。

でも僕の場合、
嫌いな人は割とハッキリしている。

立場や役割で、態度を大きく変える人だ。

端的に言うならば
店員さんにぞんざいな口をきく人。

こういう人は自分が逆の立場になると
途端に卑屈になったりする。
そういうのも嫌だ。

客だろうが何だろうが対等だと思う。
立場や役割なんて仮のもので、
お互い、人間同士対等なんだから。

でもそうじゃない人は結構多いし、
そうじゃない人ほど
立場が強いシーンで威張りがちだ。

特に海外旅行から戻ると、
日本人にはその傾向が強いと毎回感じる。
嫌だなあ、と常日頃から思っている。

なんでこんなことを思ったかと言うと、、、

教育の本質とは

不登校新聞3月15日号の6-7面
哲学者・教育学者の苫野一徳さんの
言葉にインスパイアされたからだ。

教育の本質とはなにか、というテーマ。

こういう大きな話って、あんまり頭に
スラっと入らないことが多い。
でも苫野さんの定義は
素直にすごくいいな!と思った。

教育の本質とはなにか?

すべての子どもたちが
自由に生きられるための力を育むこと。

自由とはなにか?

自由とは生きたいように生きられること。

ただ――。
誰もが生きたいように好き勝手すると、
争いになってしまう。

自分も自由に生きたい。
他人も自由に生きたい。

お互いそう思っていることを
認め合いながら生きていく。

これを「自由の相互承認」と言いますが、この感度を育むことが大事になります。学校教育の一番の使命は、相互承認の態度を土台として、「『自由』に生きられるための力を育んでいくこと」です。

ああ、この考え方は素晴らしいなあと。
ちょっと胸が熱くなった。

社会が変わってほしい

ここで強引に冒頭の
「嫌いな人」の話に戻るのだけど。笑

わたしは売りたい。
あなたは買いたい。

お互いそう思っている。そこで折り合う。
それが売り買いのはずだ。シンプルに。

その上で、、、

わたしは尊重されたいと思っている。
あなたも尊重されたいと思っている。

その意識がお互いにあれば、
買う側が偉そうにする謂れも、
売る側がペコペコする必要もないはずだ。

これは「自由の相互承認」とは
ぜんぜん違う話だとはわかっている。

ただやっぱり僕は、立場や役割で
大きく態度を変える人が多い、
今の日本社会が変わってほしいと思う。

だから、相互承認の態度を土台として、
誰もが自由に生きるための力を育む――。

教育が本当にそうなればいいなあ、と。
そうなれば社会全体がもしかしたら
大きく変わるかもしれないなあ、と。

思いっ切り脱線しつつ、思った次第。

そして、願わくば

未来を担う、少年少女たちよ。

自由に生きるための力を育め!

あと、店員さんに威張るな。

注文するときは丁寧に。
お願いします、の言葉を添えて。

「牛丼特盛り、つゆだく」
とか、言い捨てちゃダメだ。笑

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。