歩道を緑色に塗ること

バミる、という言葉をご存じですか?

バミる、とは舞台の上で
出演者が立つ位置や道具を置く場所に
あらかじめガムテープなどで
印をつけておくことをさす言葉だ。

20代の頃、バンドをやっていて、
ライブハウスに出ていた。

舞台の上では緊張もするし、
照明が落ちた中で機材の
セッティングもしなくてはいけない。

そういう時に、
事前にバミっておくのは大事なことで、
リハーサルの時に自分の位置や
機材の場所を入念にバミったものだった。

なんでそんなことを思い出したかと言うと

家の前の道の歩道スペースが最近、
緑色に塗られたからだ。

これまでは道の端に白い線が
引かれていただけなのだけど、
その線の外側が全部緑色で塗られた。

これって発想はバミることと同じで、
とても分かりやすいと思う。
歩行者はこの緑色に塗られた部分を
歩けばいいのね、と。

思うのだけど、
実は一方で微妙な気にもなっている。

なぜ微妙な気持ちになるのか?

ふたつある。

1つは、あくまで感覚的なものなんだけど、
大前提は「歩行者優先」であるはずだ。

なのに、なんだか歩行者はちんまり
狭い緑色の部分を歩いておけばいいんだよ
みたいに、制限されている気がする。

もうひとつは、そこから外れて歩くと
(特に通学中の小学生たちが)
注意される・叱られる、
という事態が起きそうだ、という懸念。

というか、そういう小学生を見たら
確実に注意して叱りますよね?

緑色の部分から外れて歩いていると。
よく目立つから。

でもそれってなんだかちょっと
窮屈な話じゃないだろうか?

通学路の思い出

小学生の頃、通学路が決まっていた。
近道をすると他の子によくチクられた。

田舎だったから学校までは確か
2km弱くらいの距離があったと思う。

車の通行量が少ない細い裏路地が
わざわざ通学路に指定されていた。
それは結構な遠回りだった。

だから、時々気分で近道をした。
そうやって僕がショートカットすると、
目ざとく見つける一団がいて、
人のことを節をつけて囃し立てた。

「♪言ってやろ、言ってやろ、
先生に言ってやろ♪」

僕は通学路も嫌いだったけど
そうやって違反者を囃し立てて密告する、
秩序に無条件に従順な奴らの方が
もっと嫌いだった。

って話が逸れてますね。スミマセン…。

良いと思うのだけど、微妙な気持ち

緑色の帯状に塗られた歩道。
バミる、という観点でとっても良いと思う。

一方で微妙でもある。

ガードレールと違って
そこを歩いている限り安全、な訳じゃない。
人が一人通れるだけの、本当に狭い面積の
ただの緑色の帯だ。

でも、ちゃんと示してありますよ、
だからきちんと守りましょうね、という…。

何というか、何だろうな?

言うならば、
大人が安心したいためだけに
塗っている気がする。

目立たせてるだけな気がする。

やることはやっといたからね、と。
でも、この狭い帯からちょっとでも
はみ出したら確実に注意するからね、と。

念のため。

こうやって緑色に塗るという発想は
わかりやすくて良いのだけど、一方で
何だか窮屈だとも感じているのであって

塗るべきではないとか、
元に戻した方がいいとか、

そう言いたい訳ではないので、
その点はお間違えなく。

プロフィール写真

 

記事を読んで何か感じることがあれば、ぜひコメント欄にご意見やご感想をお寄せください。

 

更新の励みになります。バナーのクリックお願いします!

にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
Sponsored Link



まず親が幸せになる|びーんずネット

不登校のセミナーやカウンセリング、インタビュー事例集をお届けする活動を夫婦でしています。ぜひご覧ください。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。