「取り残さない」と「取り残されない」

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細かいことかも知れない。
でも大事な視点だなあと思った。

不登校新聞1月1日号、福岡県の立花高校の
齋藤眞人校長の記事を読んだ。

齋藤先生のことは以前、
このブログでも何度か書いた。

3日でも3年でも待ってますよ

2020.08.19

「何しよるかー」は楽。「よかよー」は覚悟が必要

2019.04.06

今回も良い内容だったけど、個人的には
「笑顔がしんどいときもある」
というくだりが一番響いた。

不登校に関する調査研究協力者会議で。

報告書案の中に
「誰一人取り残さない学校づくり」
という表現があった。

誰一人取り残さない学校づくり。

前提としては間違っていない。

ただその表現は
「子どもを傷つけてしまうかもしれない」
と齋藤先生が発言した、という話だ。

立花高校には6Fに展望ラウンジがある。

そこには円卓の他に、
1人用の席も設けられている。
その理由をデザインした生徒がこう話した。

円卓ばかりだといつもきちんと
友達と笑顔で話さなくちゃいけない。

でも笑顔がしんどいときもある、と。

確かにそうだ。
大人だって一人になりたいときはある。
望んだ時に孤独に過ごせる
時間と場所があることは重要だ。

しかし、孤立は違います。子どもが助けを必要としているのに、頼れる相手がいないという事態は絶対に避けなければいけません、ただし、そのプロセスにおいて、孤独まで否定されてしまっては、子どもの居場所はさらになくなってしまうのです。

大人はえてして、孤独と孤立を混同してしまいます。そして、よかれとの思いから「誰一人取り残さない」と言います。しかし、子どもから見たらどうか。「私は今、一人にしてほしい」と考えている子どもにとって、学校教育がつねに追いかけてくるような状況は恐怖に似た感覚さえおぼえるのではないかと危惧しているんです。

なかなかに刺さる指摘だと思いませんか?

それがどこまで伝わったかわからない。

ただ最終の報告書では
「誰一人取り残されない学校づくり」
と文言が少し変わっていた。

「誰一人取り残さない」

「誰一人取り残されない」。

違いは些細なものだ。

でもこうして背景を知ると、
意味合いが大きく変わってくる。

そもそも「取り残さない」というのは、
ある部分、上から目線であり傲慢でもある。

いや、細かい話だ。
細かい話だよ。
揚げ足取りみたいに感じる人も
中にはいるかもしれない。

でも大事にしないとなあ、と。

改めて深く思った次第。

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在18歳・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。