進む道を選択し生きていく力を育てること

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学校教育とは何か?

それは子どもたちが学ぶことによって
「自由」を獲得するためのものだ。

ここでいう自由とは?

子どもたちが自分の力で考えながら
進む道を選択し、
人生を切り開いていける力だ。

そう言うのは、学校教員の
松井祐介(仮名)さん。

不登校新聞4月15日号の
「仮説なんですが…」コラム、
「不登校を選択する子は
教育の本質を体現している」説を読んだ。

そして自分で進む道を「選択する」、
という点から見れば――。

学校へ行かない、という選択をしたのなら
十分に教育の成果は出ている。
進む道を選択し生きていく力を育てることが
学校教育の意義だからだ、とも。

確かにそうだと思った。

誤解を恐れず言うのだけど、、、

やっぱりある部分、
すごいことだと思うんだよな、不登校って。

親も、先生も、社会も、みんな、
ひとたび学校へ行かない、となると
途端に目を吊り上げる。

そうですよね?笑

そしてそんなことくらい、
子どもだって痛いくらいわかってる。

わかっていての、行かないという選択。

「行けない」もあるけど、
でもまあそれも含めて。

僕に関して言えば、息子の不登校は
けっこう大きな出来事だった。

すったもんだして、その後
彼がデモクラティックスクールへ
行くようになって、落ち着いたり、
そこでもまた不登校になったりと、
まあ、いろいろあって。

そういう中で、まるでこだまのように
何年も経って響いてきたことがある。

「俺は自分の人生、
ちゃんと生きてるかな?」と。

僕は行かない選択をしたよ。
お父さんはどうなの?
本当に人生、それでいいの?

そんなふうに実際に
息子に言われたことはない。

でもなんだか、じっとそんなふうに
彼に背中を見られてるような気がした。

それが僕が会社員を辞めた
大きな理由の一つだった気がする。

今となって振りかえれば、
の話ではあるのだけど。

話が逸れた。

松井さんの最後の一節も良かった。

私は、大人も子どもも、自身の人生を「選択」できる社会を構築していきたい。仕事は辞めたければ辞めればいいし、学び直しをしたくなったら学び直せばよい。同様に、学校で学ぶかどうかも、各自が決めればよい。そのような社会の雰囲気をつくるために、まずは大人が児童・生徒への関わり方を見直さなければならないと思う。大人は「子どもを変えよう」としてはならない。あくまで、子どもたちが成長する伴走者であるべきだ。

「伴走者であるべきだ」

うーん、実にいい言葉だ!笑

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。