他人に決められるのは嫌だ。でも親って、、、

他人に決められるのは嫌だ

昨日の「ハンドルを握っているのは誰か
を書いて思い出した、
僕の小学校のときのエピソード。

小学校5年生の頃

僕は野球に夢中だった。

僕の小学校には野球部がなかった。
だから近所の子でチームを組んで、
他の地区の子達にも働きかけて
公園で自分たち主催で日々、
リーグ戦をやっていた。

日が暮れて
公園の街灯ではボールが見えなくなると、
自転車のスタンドを立てて、
ライトを点けて何人かで漕いで
バッターボックスを照らした。

少しでもライトの足しになれば、
ということだ。
足しになんか全然ならなかったけど…。

まあそれくらい、頭の中は毎日
野球しかなかった。

そんな中—-。

前年の4年生の時から、
母親に言われて河合塾の模擬試験を
何回か受けていた。

その頃はまだ知らなかったんだけど、
(6年生になってから知った)
結果から言うと親は僕に
中学受験をさせたいと思っていた。

僕があまりにも毎日、
野球漬けなのが心配だったんだと思う。

ある日、母が僕に言った。
今度の週末は、模擬試験に
申し込んでおいたから行くように、と。

え?なんで?

そんなの事前にまったく聞いていない。

その日はもちろん野球をやる予定で、
もうみんなと約束している。

もちろん僕は怒った。
なんで勝手にそんなもんに申し込むんだよ?
勝手なことをしないでよ!

散々僕が文句を言ったそのあとに、
彼女が冷徹に言った捨て台詞が忘れられない。

「あ、そう。わかった。
じゃあ受験代のウン千円、
これで無駄になったね」

酷い話だと思いませんか?

僕は一言も
模試を受けたいなんて言っていない。
繰り返すけど母が一存で
勝手に申し込んだのだ。

それを聞いてさらに僕は怒ったんだけど、
その「受験代のウン千円」は、
いやーな感じで僕に
罪悪感を感じさせたのを覚えている。

大人になって、実家に帰って
楽しくワインを飲んでいるときに
母にそのエピソードを言ってみたんだけど、
もちろん彼女は覚えていなかった。

あ、そう。そりゃ、酷いねえ
なんて笑っていた。

でもね、こっちは忘れないんだよね。

なんだか僕が夢中になっている野球は
ウン千円を払う必要がある模試よりも
価値のないものだと暗に言われた気がした。

あのとき感じた「いやーな罪悪感」は、
雨に濡れたシャツみたいにじっとり、
まだ心の中にまとわりついている。
30年以上経った今でも。

忘れないようにしたいこと

良かれ、と思っての先回り。
子どもの将来を思うがあまりの親心。

人が握っているハンドルを
親が横から触ってしまうのは、
そういう「愛の気持ち」からなんだろう。
僕も親になってみてわかるようになった。

でもやっぱり、何かを他人に
勝手に決められるのは嫌だ。

誰だって決められるのは嫌なのだ。

たとえ、幼い自分の子どもであっても。
たとえ、分別がまだついていないように
見えたとしても。

それは忘れないようにしたい。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。