そのことに気づくことが成熟であるなら

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『不登校・ひきこもりを生きる』
という精神科医の高岡健先生の本を読んだ。

ひきこもりは人生に不可欠だ

不登校・ひきこもりの見方を一変させ、
その大切な時間を保障する。
100の疑問にも答える。

と、帯にある通りだった。
とっても読み応えのある本だった。

高岡先生のおっしゃることは実に明快だ。

  • 確立すべきは「集団と個人が対立したときは、無条件に個人を擁護する」という倫理
  • 学校へ行かない権利を保障することだけが大人の任務
  • ひきこもりからの回復のとりあえずのゴールは生きること。生きることに比べれば、コミュニケーション力をつけることや、働くことは第二義以下
  • ひきこもりに対する家族の最大のサポートは、とにかく生き方を無条件に支持すること

 

こうした言葉の数々に、そして
その力強さに意を強くした。
うん、その通りだよね、と。

安心できる居場所を提供する。
そこでとことん、向き合えばいい。

時間の長短じゃない。

あれこれ、条件をつけたり
他者が無理に動かそうとしないこと。

平均台の上の選手が落ちないのは、
重力と関わっていないからじゃない。

しっかり重力と向き合っているからこそ、
ピタリと静止できている。

――この例えもわかりやすかった。

我が家の自宅警備員15歳も
きっとそうなのだと思う。

今は家の中にずっといながら、でも
彼なりにあれこれ、重力と関わっている。
傍目には静止しているように見えるけど。

そんなふうに勇気が持てた。

最後の100番目の回答も良かった。

Q100 ひきこもりの回復とは人格が成熟するときなのでしょうか?

聖人君子はともかく、たいていの人間は未熟なまま、一生を終えるのではないでしょうか? 少なくとも、私はそんな気がしています。だから、ひきこもりの「回復」のとりあえずのゴールは生存ですが、その先のゴールはないというべきでしょう。それは、ひきこもりと呼ばれていない人たちにとっても同じです。
そもそも今の日本のような社会に暮らしていながら、はつらつとしている人がいるなら、そのほうが余程どうかしてます。つまり、ひきこもりから「回復」した先に、それほど良いことは待ち受けていません。だから、ときどきは再びひきこもって、自分との対話を繰り返した方がいいかもしれない。そのことに気づくことが成熟であるなら、あなたのおっしゃるとおりかもしれません。

ときどきはひきこもって、
自分と対話を繰り返した方がいい。

不登校・ひきこもりの話だけでなく、
本当に我々一人ひとり、まさしく
その通りじゃないだろうか?

とにかく、僕には勇気が出る一冊だった。

さあ、今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。