背中を押すこと

 

 

 

20代の半ばの一時期、
僕は専業主夫をしたことがある。

新卒で入った会社は4年で辞めた。

結婚して一年ちょっとたったころ、
あれは1998年の5月だった。

フランスW杯の直前だったから
よく覚えている。

1998年の夏。

することがなくて僕は日中、
吉祥寺サンロード商店街のゲームセンターで
バーチャストライカーの対戦に
ひたすら明け暮れていた。

スーパーで買い物をして夕食は僕が作った。

でも当時のあかね先生は仕事で忙しかった。
夜、飲んで帰って来ることもあった。

「せっかく筑前煮作ったのに!」

ひとりぼっちで二人分を虚しく食べる。
そんなことも多かった。

20代の半ば、僕はバンドをやっていた。

月に一度、
下北沢のライブハウスで演奏した。

ただもちろんそれでは生活できない。

日中ずっとブラブラと無職でいるのも
なんとなく気まずい。

後輩がパソナに勤めていたので、
派遣社員の仕事を紹介してもらった。

福祉関係の財団の仕事だ。

9時5時で、言われたことだけやればいい。

言われることは、
お茶の子サイサイのことばかりだった。

「カネコさん、この資料作ってもらえる?」

ガッテン承知。

こんな簡単な資料を作るのに
職員の人たち1日時間をかけてるの?

20代の生意気盛りで飲み込みも早かった。

基本的な前提や仕組みを理解してしまえば
そんな資料なら30分で仕上げられた。

まさにスーパーバイトだった。
みんなに重宝してもらえる。

そしてストレスはゼロ。

当初は半年の予定だったけど、
そのまま契約を延長してもらえた。

28歳になった。

バンドは続けていた。

将来のことはなるべく
考えないようにしていた。

今を生きる。

そして契約更新の時期を迎える。

ところが――。

新しくその部署に来た女性課長に
呼び出されて怒られた。

「あんた若いし結婚もしてるんでしょ?」

「あ、はい。してますけど……」

「悪いけど契約は更新しないからね。
カネコさん、あんた優秀なんだから。
これからは正社員になって働きなさい」

身も蓋もなかった。

でも更新してもらえないんだったら、
仕方ないよね。

否が応でも自分と向き合うことになった。

この先、どうやって生きていくのか?

残念ながらミュージシャンでは無理だ。

「就職、する……かな」

そう思ってその日開いた新聞の求人広告。

「うわ、これしかないよね?」

という理想的なマーケ職の求人が出ていて、
応募したらすんなり採用された。

それが2社目の会社で、再び働き出したのが
2000年の10月のことだった。

長々と思い出話を書いて、何が言いたいか?

不登校でよくある話題のひとつに
「背中を押す」がある。

「背中を押した方がいいでしょうか?」と。

勝手無闇に押すべきではない。
僕はそう思っている。
どちらかと言えば慎重であるべきだと。

ただもちろん例外もある。

僕の場合で言えば、
あの課長に怒られたときのことだ。

おかげで目が覚めた。

でもね。

あれは完全に「僕のタイミング」
でもあったからなんだよな。

その半年前に言われたら多分反発して、
普通に次の派遣先を探しただろうと思う。

要するに完全に機が熟していて、
たまたま一番いい瞬間だった。

こういうマグレのようなことも
時には起こる。それは否定しない。

でもそれはやっぱりどこまでも
マグレでしかなくて。

他人が本人のタイミングを知ることは
本当に難しいと思う。

だからね。

「親が背中を押す必要はない」

と、僕は思っている。

むしろ「関係が近しい人」ほど難しい。

たとえばあのとき、うちの奥さんに
あの課長と同じセリフを言われたら――。

「うるせーな、ほっといてくれよ!」

と絶対に言い返しただろう自信もある。

なのでね、マイフレンド。

「親が背中を押すことでうまくコトが運ぶ」

それは単なる幻想に過ぎない。
そう思って背中押すのはやめましょ。

でも不思議なものだよね。

たった数ヶ月しか一緒に仕事をしなかった。

それでもぜんぶ、はっきり覚えてます。

塚本さん。

あなたのお顔も小柄な凛としたたたずまいも
きっぱりとした迷いのない話し方も。

あの節はビシッと言ってくださって
ありがとうございました。

って今ならちょっと問題になりそうな
宣告の仕方だけど。

時代ですな。笑

今日も良い一日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在21歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。