今いるココ、をすべてにしない

煩悩が続くと、思うことがある。

仙人みたいに庵を結んで
カスミを食って生きていきたいなあ、と。

もちろん、それは無理だ。

たった一人で生きていくことはできない。
かならず人との関わりが必要になる。

そして人と人が関わるとき――

そこには色んな呪縛が発生する。

承認欲求の呪縛

この記事を読んであらためて、
確かに承認欲求という奴は
やっかいなものかもしれないと思った。

他人に認められたい、という承認欲求。

それが健全に作用しているうちはいい。

でも、皮肉なことに――。

学校や会社の中で
期待に応え続ければ続けるほど、
リンボーダンスのように
期待のハードルはどんどん上がっていく。

そして優等生タイプは真面目だから、
ハードルが上がっても
頑張って達成してしまう。

「できません」と言わないし、言えない。

でもいつかある日、
どうしても達成できないときは来る。

多元的な居場所を

認められたい、期待に応えたい、
という気持ちが悪いというのじゃない。

でもそれが
「認められねば」に変わると危険だ。

そのときに大切なのは、何なのだろうか?

自分の居場所が複数あることだ、
と著者の太田肇さんは言う。

自分が属する場所を一つにせず、多元的に帰属することです。学生だったら学校以外にバイト先や家、地元など、社会人なら会社のほかに兼業先や大学院、趣味のサークルといった別の世界を持つことが大事です。

「今いるここがすべて」となると、そこで承認を失ったら、その人のすべてを失うことになる。そうすると、「人と違ったことをして周りから浮く」なんてことは怖くてできない。つまり、呪縛がますます強まってしまうんです。

そして、受験制度の改革が必要、とも。

大学受験を頂点とする現在の受験制度では「いい子=先生に従う子」でいることが得だということが子どもたちに刷り込まれていて個性を発揮できません。まずは、受験制度を根本から変えることです。

その通りだと思う。

意識したいこと

残念ながら僕ら一人一人には、
受験制度を根本から変えるチカラはない。

でもひとつ、
大切にしたいなあと思うことがある。

「いい大学出て、そこそこの会社に入れば」
式の安直な思考を見直すこと――そういう
「囚われ」が自分や他人の中にあったとき、
そこに目を向けること。

なぜなら、
「いい大学・そこそこ会社」式の
僕ら大人のその安直な思考が、
今の受験制度を支え、
延命させていると思うからだ。

そして、今いるココをすべてにしないこと。

それも、常に意識していきたい。

そんなこんなを思った次第。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。