エンジンとグライダー

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これは1903年12月17日にライト兄弟が
史上初の有人飛行を成功させる直前の話だ。

発明家のサミュエル・ラングレーも
同じ時期に飛行機を飛ばそうとしていた。

ラングレーには豊富な資金があった。

「飛行に十分な容量の
エンジンを搭載すれば物体は飛ぶ」

ラングレーはそう考えて、
強力なエンジンの開発に注力した。

ライト兄弟に先立つこと2か月前の
1903年10月7日、ラングレーは
ポトマック川で飛行実験をした。

が、残念ながら機体は
カタパルトから離れた直後に墜落。

2度目の実験は12月8日、
ライト兄弟の成功のわずか8日前だ。

今度は射出中に主翼と尾翼が粉々になった。

失敗を報道陣から笑い物にされて、
幻滅したラングレーは計画を断念した。

一方のライト兄弟。

彼らは当初、エンジンを使わなかった。

その代わり、グライダーで3年間
地味な実験を繰り返した。

バランスと操縦性を重視したからだ。

まずは飛べるようになること。
だから動力には見向きもしなかった。

ついにグライダーに飛行能力が備わり、
その段階でようやく彼らは
自動車修理工にエンジン製造を依頼した。

わずか12馬力、
重量は80kgのエンジンだった。
これ以上ないほど軽い。

結果はご存じの通り。

ライト兄弟は歴史に名を残し、
ラングレーを知る人はほぼいない。

「検証する人は飛び立てる。
力任せの人は墜落する」

それが教訓だった。
昨日読んだ本の中にあった逸話だ。

前にもライト兄弟のことは書いたけど、

並大抵の技術では操縦できない飛行機

2021.09.10

本当に面白いよなあ、と。

そして今回、ラングレーとライト兄弟の
話を知って僕が思ったのは、蓑田雅之さんの
『「とりあえずビール。」で、
不登校を解決する』のことだった。

力任せに学校復帰を促すのではなく。

まずはいったん不登校を受け入れて、
本人の自己肯定感が回復するのを待つ――。

というのがこの本の主旨だけど、
よくよく考えてみたらこれ、
エンジンとグライダーの話と同じじゃんね?

力任せに強力エンジンで勢いよく
カタパルトから射出しても墜落してしまう。

そうではなく。

飛行能力がしっかり高まった段階で
はじめてグライダーにエンジンを積む。

大切なのは順番だ。

と、、、

ラングレーとライト兄弟から
不登校を連想するアタクシでありました。

今日も良い1日を。

P.S.
びーんずネットでは今週、発送作業を休止していましたが、本日より再開します。
「とりあえずビール」
まだ読んでない方はぜひ。
不登校生の父親の必携本ですよ。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。