不登校、問われているのは親のほう

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最初は不登校の「原因」を
突き止めるのに必死だった。

なぜか?

原因を取り除けば行けるようになる。
そう思っていたからだ。

そして多少のプッシュも必要かもしれない、
とも考えていた。

「これ、まったく僕のことじゃないか!」

と読みながら思った。

不登校新聞9月1日号のコラム
「私の子が不登校になって」
のVol.6、「ぼぶ」さんの記事だ。

小学5年生の息子が日曜の夜に
「学校に行きたくない」と言うなど
サザエさんシンドロームになったという。

うちの場合は、小学3年生だった。

ちょうど10年前の今頃、夏休み明けだ。

息子は何人かのクラスメートと
どうやら揉めているようだった。

行けない原因を取り除きたかった。

だから揉めてる奴らの名前を
なんとか聞き出そうとした。

息子は口を割らなかったけど……。

(チクるみたいなことはしない、
正義感が強いタイプなのだ)

「新学期はいいタイミングだから、
頑張って行ってみよう」

そうやってお風呂で励ましもした。

「多少のプッシュ」っていう奴だ。

今思えば完全に僕が息子に
「うん」と言わせていたけど……。

そして、そして、そして、

「ああ、もう、本当にぃ!」

と連発になったのがココだった。

最初は「息子をどうにかしないと」、「私が分かってあげないと」と思っていた。でもよくよく考えると息子の気持ちは最初からシンプルで一貫していて、「学校は合わない」ということだった。結局それをどう受けとめるのか、ということが問題なのだ。問われているのは、私のほうだった。そんなふうに考えながら、次第に息子の心から私自身の心に目を向けることが多くなった。「あたりまえ」のレールを生きてきた自分に対する問いかけがとても増え、つねに考えさせられる。

結局それをどう受けとめるのか。
問われているのは、自分のほうだった。

まさに、まさに、まさにそれだ。

「あたりまえのレール」を生きてきた。
その自分に対する問いかけが増える。

これもね、本当に本当にそうで。

今やあたくし、不登校はギフトだった、
などとブログで言いまくってる。笑

「子どもを正しく導くのは親の務め」
「親がどうにかしてあげないと」

そう思って、焦って、迷って、
困って、苛立ってしまっている。

そんな人はこの時期、特に多いと思う。

その気持ち、痛いほどわかる。

でもね、よくよく子どもを見てほしい。

不登校は甘えでも弱さでも怠けでもない。

学校が合わないこと、も多いのだ。

そして不登校で問われているのは、
実は親のほうなのだ。

「たかが学校、されど学校」

と仰るのは、フリースペースたまりば
理事長の西野博之さんだ。

つまり、不登校は命に関わる問題なのだ。

学校は無理してまで行く場所じゃない。
それは命に関わる大事なこと。

だから一番身近な親であるあなたが、
まず一番の子どもの味方になりませんか?

「いや、そうは言っても……」
「現実問題、受験や進学が……」

と言いたい気持ちもわかる。

でも繰り返しになるのだけど、
そのあなたの不安、
そのあなたの心配こそが、
実は一番問われているのだ。

なぜ不安なのか?
どうして心配なのか?

答えは、あなたの中にしかない。

だからとことん自問してほしい。

面倒臭いし、簡単じゃない。
でもだからこそ!

あ、完全に偉そうですね、すみません。
変な熱いスイッチ入っちゃいました。

でも本当にそう思ってます。

大丈夫マイフレンド。

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。