写植屋のカミジョーさんの交換条件に怒った話

写植屋のカミジョーさんの交換条件に怒った話

今は昔。

携帯電話はまだ一般的ではなく、
緊急連絡はポケベル。

PCにはマウスがなく真っ黒画面、
もちろん一人一台じゃなくてチームで一台。

そして印刷の入稿は、
データでなく原寸大の”版下”を使う。

僕が社会人になった四半世紀前(!)は、
そんな時代だった。

こう書くと、
なんか自分が恐竜かなんかみたいに
思えてくるけど。笑

写植屋のカミジョーさんとのランチ

新卒で入ったのは広告会社、
1年目から営業を担当した。

もちろん社内に制作部門はあるのだけど、
それだけでは回らないので、
たくさんの協力会社にお願いしながら
仕事をこなす。

写植屋さんという仕事があった。
印刷入稿用の文字組みを行う職人さん
とでも言えばいいだろうか。

付き合いのあった写植屋さんは
カミジョーさんという年配の女性と
若い男性が二人でやっている会社で、
オフィスから歩いて3分のところにあった。

カミジョーさんは、
うちの会社の営業の新人を
頻繁に昼食に誘ってくる。

いや、正確に言うと
誘うように仕向けてくる。

だから僕ら新人が交代で

「カミジョーさん、
ご馳走しますから今度ぜひ、
ランチご一緒してください」

と誘うようにしていた。

そのランチ。
はっきり言って、楽しくない。
食後の二軒目のお茶を含めて
毎回2時間弱、カミジョーさんの
厭世的な人生訓を聞かされる。

相槌が適当だったり、
愚痴の裏の意味を読み取れなかったり、
はたまたカミジョーさんへの
ホメが足りなかったりすると、
途端に機嫌が悪くなる。

要は、めんどくさい人だった。

でも、特に緊急の文字修正が
入ったりしたときなんかには、
職人であるカミジョーさんに
お願いしないと仕事が回らない。

だから僕ら、
内心みんな同じように感じてたけど、
次の新人が入ってくるまでは、と
何週間かに一度、
順繰りにまわってくる”勤め”を果たしていた。

本当に困ったときにお願いして出てきたのは

ノベルティや販促物の仕事もあったけど、
圧倒的に多かったのは印刷物の制作だ。

その進行管理は、試練の連続だった。

毎回、納期は変わらないのに
修正に次ぐ修正で、
入稿はどんどん後ろにずれていく。

工場からはもう間に合わないと
ギャンギャン言われる。

デザイナーはプライドからか、
伝えたように修正してくれない。

得意先に催促しても、
もうちょっと待ってての一点張り。

板挟みになりながら、
現場をなだめ、すかして、
パズルのようにリスケジュールする。

明日の17:00入稿ならなんとかしてやる。
でもこんなスケジュール通常はあり得ない、
特別待遇だからな!と嫌味を言われつつ、
なんとか最終調整する。

迎えた入稿当日、ギリギリ16:00すぎに
制作会社からバイク便で版下が届く。

最終確認していると、ポケベルが鳴る。
得意先からだ。
電話をかけると1箇所、
文言を変更して欲しいという。

ああ!と天を仰ぎたくなる。

今ならPCでチョイチョイと
直せばいいんだけど、

当時はたとえ数文字の変更でも、
写植で打って、それを版下に
貼らなければいけない。

もう時間がない。

ダメ元で得意先に納期変更を打診するも、
何言っちゃってるのと瞬殺される。
毎度のことだ。

今すぐ修正するしかない。

版下を持って
カミジョーさんのところに飛んでいく。

「カミジョーさん、お願いなんですが…」
「やだ」

何をお願いしてもまず「やだ」と返すのは
彼女の”お約束”だから、
普段は気にならないんだけど、
このときばかりはイラっとくる。

今すぐ入稿が必要なものに変更が入った、
お忙しいのは重々承知、
でも一行だけの文字修正、
なんとか今すぐ対応してもらえないでしょうか?

切々と訴えるんだけど、
「やだ」「忙しい」「無理」
「本当に忙しいんだって」と言うばかり。

どうか、どうか、お願いします…。

精根尽き果て途方にくれていると、
おもむろにタバコの煙を吐きながら
カミジョーさんが言う。

「昼飯3回分ならやったげてもいいよ」

目の前が真っ白になるくらい、頭に来た。

「じゃあ、もう結構です。なんとかします」

そう言って版下引っつかんで席を立つ。

「だから3回分なら
やったげるって言ってんじゃん」

後ろからそう言う声が聞こえてきたけど、
返事もせずに出た。

人が本当に困っているときに、
心からお願いしているときに、

なんでプライベートな都合の
交換条件なんかが出てくるんだ?

オフィスに戻って、
ワープロで文字を打って、
それを自分で版下に貼り付けた。

フォントもサイズも似せたけど、
よく見れば写植じゃないのは明らかだ。

でも小さなキャプション文字、
内容が変わってさえいればいい修正。
覚悟を決めてそれで進めた。

立場が強いことを利用しないように気をつけたい

それ以降、写植と版下を使わない
当時最新だったDTP方式で進行するように、
全て切り替えた。

多分、会社では僕が一番早かったと思う。
トラブルも多くて大変だったけど、
写植と版下はもう二度とゴメンだった。

そして例の件があって以降、
カミジョーさんには二度と会っていない。

数年もしないうちに
従来の写植と版下の印刷方法は激減して、
大方がDTPに切り替わった。

写植屋さんという職人仕事は
今、もう殆どないと思う。

ざまあみろ、という気持ちが
無かったと言えば嘘になる。

今にして思えば、
カミジョーさんはめんどくさくこじらせた、
淋しい人だった。

今なら、もしかしたらもう少し優しく、
彼女の気持ちに寄り添って
話が聞けたかもしれない。

でもいまだに僕が
こうして恨みに思っているのは、

やっぱり本当に必要なときに、
必要な手助けをしてくれなかったこと。

しかも立場の強さを利用して、
大人気ない意地悪をしてきたこと。

自分のプライベートな都合を
交換条件にしてきたこと。

それが本当に嫌だったし、悔しかった。

少し前に世間を賑わせた、
官僚やスポーツ指導者、
そしてもちろん「親」もそうだ。

立場が強い人ほど、
注意しなければいけないと思う。

昔、幼い忍介が
自転車に乗る練習をしていたときに、

「乗れるようになったら、
ベイブレードスタジアム買ってあげる」

と交換条件を出した、
自分への自戒も込めて。

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2 件のコメント

  • 親は子どもに対して絶対的な強者なので、気をつけないと、脅迫や交換条件や無視やいろいろと子どもにやってしまいますね。とても反省しています。

    • コメントありがとうございます。そうなんですよね。本当に日々、気をつけていきたいと思ってます。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。