親が不登校の子どものためにできる3つのこと

親ができる3つのこと

不登校という事態に直面すると、親は焦る。パニクる。参る。

でも、親にできることは、実はあんまりなかったりする。
僕が思うに、親が不登校のこどものためにできることがあるとすれば、この3つだ。

  1. 子どもとの接し方に問題がなかったかを見直すこと。
  2. 
学校に戻って欲しい、という期待を持つのをやめること。
  3. すべての枠組みを外して、見守ること。

 

1 接し方に問題がなかったかを見直す

忍介通信4あたりを読み返すと、僕は忍介にしきりに質問をしている。
「学校はどうするの?」と。

一緒に入ったお風呂で何度も聞いている。
読み返してみると、我ながら本当にしつこい。
忍介、僕と一緒にお風呂に入るのは嫌だったろう、と思う。
ホント、同情する。

学校はどうするの?

文字にするとニュートラルだけど、実際は字面通りのシンプルな質問じゃない。
きっと僕の聞き方には”不純なもの”が、それこそ大さじ3杯ぶんくらいは毎回混じっていたと思う。

ほとんど誘導尋問だったんじゃないか?
その証拠に、聞かれて忍介は毎回「行くよ」と僕に向かって言っている。

でも・・・小学三年生でも、子どもって、実によく親の気持ちが読めているんだと思う。

学校に戻って欲しいという僕の思いをわかっていて、僕をがっかりさせないために答えていたのだ。健気にも。

教訓。

自分にそのつもりがなくても、接し方(例えば質問の内容や語調)に問題がないか、胸に手を当てて冷静に振り返ってみる必要がある。

 

2 期待を持つのをやめる

どうにか頑張って、なんとか学校に戻って欲しいと思う。
でもその期待は、絶対に子どもに伝わっている。

親も辛い。
出口が見えなくて、焦る。

このままの状態が続いたら、大変なことになってしまう。
子どもの人生が、取り返しのつかないものになってしまう気がする。
親として、最低限の正しい行いをしていない気がする。
親としての責任を果たしていない気がする。

その気持ちは、痛いほどわかる。

でもコレ、実は子どもも同じだと思う。
彼らも同じく、傷ついている。
学校に行かないこと、行けないことに罪悪感を感じている。
自分にぜんぜん自信をもてない状態でいる。
親を悲しませ、怒らせてしまっていることを、申し訳なく思っている。
先生たちから、級友たちから、世間から、この世の中から、みんなから咎められている気がする。

一方で自分ではどうしたらいいのかわからない。
混乱して、助けが欲しいんだけど、どう言えばいいのかさえわからない。

不登校の子はみんな、多かれ少なかれ、そう思ってるんじゃないか?

少なくとも毎日、朝4:00に早起きして筋トレしたり、写経したり、ボイストレーニングに励んだりはしていないと思う。

***

そんなときにいちばん必要なのは、何か?
安心安全の場だと思う。

自分はこの場所にいていいんだ、
ここでなら誰にも傷つけられることはないんだ、

心からそう思える、安心安全の場。

親は見守っているようでいて、でも心の中は再登校の期待満々なのが見えていたら、やっぱりそれって本当の味方じゃない。
最後の砦であるべき家庭まで、子どもにとって「アウェイ」になってしまう。

そうなったら物事はこじれるばかりだ。
外はどうであろうと、最低限、家の中だけは、何がどうあれ安心安全の場であること。
そのためにはまず親が、”自分の思う通りに物事が進んで欲しい”、という願いを持つのをやめることだ。

 

3 枠組みを外して見守る

馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない。

そうですよね?

子どもをコントロールしようとすること、つまり”親が好ましいと考える水辺に連れていくこと”は、僕は意味があることだと思わない。飲めと言ってはいないだけで、行為としてはほとんど強制していることだから。

じゃあ、どうするか?
子どもが自発的に水を飲みたいと言うまで、行動を起こすまで、待つしかない。

そして、最終的に「どんな水」を飲みたいと言うかは、子どもが決めることだ。
それが再登校じゃない可能性だって、もちろんある。

だから、すべての枠組みを外して見守る。
その上で、子どもとの接し方を見直し、期待をやめる。

***

すごく難しいことだ。
「そうは言っても」と言いたいのもわかる。

それでも、親にできることは、それぐらいのものだと思う。

結局のところ。

親が不登校の子どものためにできることは、「親が変わるしかない」ということだ。

松明を消して暗闇で目をこらす

改めて書き出してみて思った。

河合隼雄の松明のエピソードじゃないけど、一度、松明を消して暗闇の中で目をこらしてみる
やっぱりそれなんだ、と。

渦中にある時は、本当に、本当に難しいんだけど。
「そうは言っても」と何百回も、思うんだけど。

そこからしか、物事は動かないと思う。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。