昨日に引き続きなのだけど、、、
フリースペースたまりばの西野さんの本、
『居場所のちから』。
けっこう色々、頭に残っていて。
いいなと思った部分、2箇所紹介。
- 子どもの話を聴く
- 寄り添う
- 受けとめる
コレ、良いことのように聞こえますよね?
でも、、、
世田谷で長く児童館職員をされてきた
沢畑勉はこう語っているという。
「子どもの話を聴くとか、寄りそうとか、受けとめるとかいうのは、すべておとなが勝手に使っている言葉。子どものほうが話を聴いてもらえたとか、受けとめてもらえたと思ったときにしか成立しない」
これは、地味にガツンときた。
言われてみればではあるのだけど、
本当にその通りじゃないだろうか?
特に親はそうなりがちなのだけど、
どこか子どものことを
上から見てしまっているように思う。
だから聴いて“あげる”とか、
受けとめて“あげる”とか、
ともすればそういう姿勢になりがちだ。
でも、相手がどう受け取ったのか?
大切なのはそこなんだよな。
もうひとつ、
「導く」ということについて。
問題の解決は、その子自身にしかできない。そこで、導いてあげようなどという目線からはずれて、ただ寄りそうというスタンスに身をおいてみる。この寄りそうというのは、実は導くよりもずっとむずかしいことなのだ。一方的な気持ちの押しつけだけでは成立しない。あくまでも、お互いの気持ちが一致するということが前提になっているからだ。これは、とくに思春期の子どもとかかわるときに、どうしても手に入れておきたい「まなざし」なのである。
こちらは西野さんの言葉だ。
なんかね、ついついね、
導いて“あげたく”なっちゃう、
そのココロ、要注意ですから!笑
今日も良い1日を。
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