努力や堅実さに欠けるように見えたとしても

努力や堅実さに欠けるように見えたとしても

昨日はとあるきっかけから、
ライターの橋本史郎さんに
インタビューをしていただいた。

当初、
デモクラティックスクール保護者としての
僕へのご興味から、
インタビューの申し出を頂いたんだけど、

せっかくの機会なので話した内容を
現在びーんずネットで作成中の
不登校インタビュー事例集にも
使わせて頂きたい、
そうお願いしてご快諾をいただいた。

これまで仕事で取材することも
取材されることも結構あったけど、
実は自分自身のことを
インタビューで語るのは人生初だった。

でも、ひとえに聞き手が
素晴らしかったからだと思う。

自分でも驚くほど
リラックスして話すことがでた。
そして改めて色々気づかされることの多い、
楽しい2時間だった。

アリとキリギリスは「脅迫」

話している中でどういう流れだったか、
アリとキリギリスの話になった。

ふと思ったのは、あれは子どもに対する
大人の「体の良い脅迫」なんじゃないか、
ということだ。

夏の間、アリたちは冬の食料を蓄えるために働き続け、キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌って過ごす。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、最後にアリたちに乞い、食べ物を分けてもらおうとするが、アリは「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだい?」と食べ物を分けることを拒否し、キリギリスは飢え死んでしまう。
Wikipediaより

この話の言いたいことは何だろう?

今コツコツと努力をしておかないと、
将来大変なことになる。
享楽的に日々を過ごす者には
後々天罰がくだる、ということだ。

うさぎとカメも

もうひとつ。

ある時、ウサギに歩みの鈍さをバカにされたカメは、山のふもとまでかけっこの勝負を挑んだ。かけっこを始めると予想通りウサギはどんどん先へ行き、とうとうカメが見えなくなってしまった。ウサギは少しカメを待とうと余裕綽々で居眠りを始めた。その間にカメは着実に進み、ウサギが目を覚ましたとき見たものは、山のふもとのゴールで大喜びをするカメの姿であった。
Wikipediaより

この話の言いたいことは何だろうか?

自信過剰はスキを生む。
遅くとも着実な歩みを進めることが大切で、
最終的にはそれが大逆転につながる、
ということだろう。

でもよく考えるとこれらの教訓って

努力をしたり堅実でなければ
惨めな死や敗北につながるという「脅迫」を
物語の形にしてるだけじゃないだろうか?

決して調子に乗ってはいけない。
地道に積み上げなければ明るい未来はない。

そういう刷り込みや脅迫として
我々に作用していないだろうか?

少なくとも僕にはそういう形で
これまでの人生、作用してきた気がする。

努力や堅実さが大切。それはいい。
それらが大切じゃないと
言いたいわけじゃない。

僕が言いたいのは、
未来は暗いという「決めつけ」は
どうだろうか、ということだ。

誰にも将来のことなんてわからない

今、目の前に見えていることが、
ちょっと努力や堅実さに欠けるように
見えたとしても、

だからといって必ず将来が暗いと
決めつける必要はないんじゃないか。

学校に行っていない。
勉強をしていない。
昼夜逆転でゲームばかりしている。

だから将来が必ず暗くなるか?

童話は単なる童話であって、
将来が暗いと決めつける必要なんてない。

そんなのは大人たちが
子どもたちを脅すために作った
ウェルメイドなただの作り話だ。

催眠から目を覚ます。
刷り込みと脅迫から自由になる。

思い切ってそうやって
考えを変えてみませんか?

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在通信制高校1年生・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。