フライドポテトで起業した元小学校の先生のはなし

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キッチンカーで1日40万円を売り上げる
フライドポテトの話を読んだ。

創業者の齋藤誠輔さんのこれまでの
道のりが、もうなんとも素敵で。

結構長い記事だった。
でも一気読みしてしまった。

思い切り端折って紹介する。

齋藤さんはいわゆる出来る生徒だった。
特待生で高校に入り、
教育大学に進んで教員を目指した。

それは憧れの先生がいたからではない。
むしろ逆だ。

まったく生徒の個性を認めない
先生への反発からだった。

自分は生徒の個性や自由を
認められる教師になろうと思った。

ところが教育実習で幻滅する。

なにもかもが右へ倣えの世界。
現場はそんな志のある場所ではなかった。

日本は嫌だ。海外へ行こう。

青年海外協力隊で教師をやりたいと思い、
調べたところ、2年以上の
実務経験が必要だった。

なので、2年限定で小学校の先生になった。

教師として生徒たちには
「宿題なんかやらなくていい」
と言い放った。

「そんなことより、好きなことやれ」と。

意外にも思ったよりは
波風は立たなかった、という。

ただ、担任になって悩んだのは、
成績をつける必要があることだった。

特に図工、音楽、体育は悩んだ。

7、8歳の子なら、特にこういう科目は
楽しむだけでいいんじゃないか?

そこに優劣をつける意味、
そして自分にその資格があるのか?

でもそこは残念ながら自分一人で
制度を変えられるものではない。

予定通り2年で退職し、
青年海外協力隊に応募した。

赴任先は中東のヨルダンだった。

内戦激しいシリアと国境を接していて
外務省の危険情報では
レッドゾーンになっている国だ。

親に「行かないでくれ」
と泣かれて渡航を断念した。

気持ちを切り替えて、半年間、
ニュージーランドで
語学学校で学びながら働くことにした。

そしてビザが切れる1ヶ月前、
ヒッチハイクの旅に出た。

旅の出発地で、まずは景気付けにと
入ったバーで出会ってしまったのが、
カリカリホックホクの
絶品のフライドポテトだった……。

とまあ、書き出すとキリがないな。
ここまででもまだ、話の半分なので。笑

面白いのでぜひ、
興味のある方は読んでみてください。

何が言いたいか?

さらっと触れられていることだけど、
教員時代の齋藤さんの2つのエピソード、

つまり

  1. 「宿題をやる必要性」
  2. 「優劣をつける意味と、その資格とは?」

という部分。

これは本当に掘り下げて考えてみる
価値のあることじゃないだろうか?

宿題、本当に意味ある?

この辺り、親も教師も
思考停止していやしないだろうか、と。

思った次第。

あとアソンブロッソのフライドポテト、
猛烈に食べたいな。

今日も良い1日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在19歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。