将来を守るってどういうことだろう?

 

 

 

いやあ。

「競争に勝つ子」が本当に幸せか?

「これ、本当にそうだよな」

と思って読んだ。

あの、要約や紹介はしません。
タイトルにピンと来た方はぜひ。

細かいあれこれは省略する。

でもね、思った。

つまりは単純なことです。子ども自身の育とうとする力を無条件に信じればいい。競争の文脈で考えるから、子育てが難しくなるのです。

「競争の文脈」で考える。

だからおかしくなる。

ここに尽きるかなあと。

子どもが不登校になった。

あれやこれやのすったもんだはあった。

結局ざっくり言えば夫婦で腹を括った。

ある意味、我が家の場合はそこで
強制的に「競争の文脈」からは降りた。

僕の場合は会社員という、
これまた競争の文脈からも降りた。

競争の文脈から降りてしまえば
割とシンプルに見えてくる。

この競争は果てしなく延々と続くし、
終わることはない。

そしてそれを追いかけ続ける虚しさも。

もうひとつ。

今、婦人公論.jpで連載中の
「不登校の孫を救いたい」というこの漫画。

あー、早く続きが読みたいのだけど!笑

昨日掲載の第5話。

このおばあちゃんのセリフは刺さった。

私にとって「学校へ行くこと」は、ミノルの将来を守るために欠かせないものでした。だからこそ、何も言わずに見守ることなどできなかったのです。

そうだよね。わかるよ。

でもさ。

いったいぜんたい、とあえて問いたい。

将来を守るってなんなんだろう?
将来を守るってどういうことなんだろう?

どうして学校へ行くこと
=将来を守ることにつながるんだろう?

いや、こうやって問いかけてはいるけど
書きながらもわかってるよ。

選択肢が狭くなることを防ぎたい。

それが将来の道を広く保つことになる。
=将来を守ることになる、という意味だ。

要するにこのおばあちゃんはある意味、
古き良き上昇気流の20世紀をいまだに
無意識に信じてるんだよね。

もう時代は違うんだ。

それを理解しつつ、でも本当のところは
心の底で全部は受け止め切れていない。

なんのかんの言っても学歴社会。
なんのかんの言っても競争社会。

確かにそうかもしれない。

でもそのルールで生きるのは善なのか?

誰かの決めたルールで生きるのは
確かにラクだ。
そこにハマることができるなら。

でもそもそもそのルールはどうなのか?

そういう自問自答が抜けると
人生は辛くなる。

なんかね。

  • 競争に勝つ子が本当に幸せなのか?
  • ただただ孫の将来を守りたいだけ

この2つのシンプルな言葉を読んで、
そんなこんなを思いました。

あなたはどう思いますか?

今日も良い一日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在21歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。