トドメだったWEBライター事件

 

 

 

びーんずネット8周年へのお祝いコメント、
昨日はありがとうございました。

せっかくなので、少し続きを。

僕が会社を辞めてWEBライターに
挑戦して見事に玉砕した話だ。

今はどうか知らない。

でも当時はSEOライティングというのかな?
とにかく検索エンジンで上位表示を目指す。

そのためのブログ記事だのまとめ記事だの
企業案件のそういう需要が多かった印象だ。
(まあ今もそれは変わらないかな?)

そのためにタイトルや見出し、本文に
「狙ったキーワード」を散りばめて
書く文章が大量に求められていた。

大切なのはキーワードを随所に入れること。

目的はひとえに検索上位表示。
内容が面白いかどうかなんて関係ない。

そうやって指示されて、
指定されたキーワードを盛り込んで、
当たり障りのない文章を書こうとした。

確かテーマは吉祥寺駅で、
「北口商店街」「サンロード」
「美容院」というキーワードで
500字のエッセイを書けというお題だった。

純ちゃん吉祥寺には通算で10年住んでいた。
サンロードはかつては自分の庭だった。

でも他人の決めた枠組みの中で、
心が1ミリも動いていないテーマで
何かを書くという作業は、
僕には完全なる苦痛でしかなかった。

「誰が書いても同じじゃん、これ」
「機械にやらせろよな、こんなもん」

そう、きっと今ならまさに
チャッピーやジェミニが一番
得意な作業だと思う。

でもって報酬が一文字一円にも届かない。

「は? 毎月何十万字もこれを書くの?」

でもクラウドソーシングのサイトでは
黙々とこういうテキストを何十万字も書いて
それで生活してるであろう
猛者たちがいっぱいいるようだった。

その人たちを否定するつもりはない。
まったくない。

ただ自分にはできないと思い知った。

自分にはできない。

思い返せば僕はやっぱりそうなのだ。
会社員だって同じだ。

自分で言うのもナンだけど、
俺っち割と器用なんだよな。

やろうと思えばできちゃう。
やろうと思えば。

でも本質が向いてない。

つまり自分の興味のないことは
本当は1ミリもしたくない。

器用に会社員に擬態することはできる。
でも5年も経つと大体ガタが来る。
そして転職する。

それで5年ごとに20年間で4社、
転職を繰り返してきた。

そして会社員自体を辞めた。
トドメがこのWEBライター事件だった。

せっかく天涯孤独の自由の身になったのだ。

もういい加減、好きなことしかしない。
そう決めてもいいんじゃないか?

学校は我慢してでも行くもの。
会社は我慢してでも勤めあげるもの。

そうじゃなくてもいいよね?
それを地で行って生きたっていいじゃない?

なんかそんな怒りにも似た思いがあった。

そして「不登校という名のギフト」という
この個人ブログを始めた。

「もう好きなことだけ書き散らかしてやる」

最初に書いたのがこの文章だ。

今、読み返すと静かな熱を感じるなあ。

すみません、たわたわ長々と書いた割に
どこにも着地はしません。

ただ、トドメはあれだった。

もういい加減、好きなことしかしない。
それで生きていきたい。

という、改めての宣言です。

自分の時間はもう切り売りしない。

「でもそれでうまく行かなくなったら?」

助けてください、
をちゃんと言えるように頑張ります。

(いや、本当に。冗談抜きで)

今日も良い一日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在21歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。