世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし
と歌ったのは平安時代の歌人、
在原の業平だ。
<現代語訳>
この世に桜というものがなかったなら、
春を過ごす人の心はどんなにか
のどかであることでしょう
うーん、みやびですな。
桜よ、汝の美しさ、その存在自体、
人の心を惑わすほどに罪深いのだぞと。
そして令和時代の華麗なる吟遊詩人、
金子の純ちゃんはこう歌う。
世の中にたえて確定申告なかりせば
春の心はのどけからまし
・・・・・・・・・・
昨日は終日、朝から晩まで
びーんずネットのニュースレター
『豆マメ通信』の編集作業をした。
一日かけて一気にほぼ作った。
(拍手:パチパチパチパチ)
脳の疲労が半端ないっす。
でも今回もいいものになりました。
(あとはヨロシク鬼編集長)
んでもってね、つくづく思う。
大人の眼差しなんだよね。
大人の眼差し。
大人の眼差しさえあたたかく、
柔らかければ――。
子どもはきっと、育っていく。
教科の勉強は、大丈夫。
その気になったときにやればいい。
いつでもそれで追いつくから心配ない。
とにもかくにも大人のあたたかい眼差し。
あたたかい眼差しにさえ包まれていれば、
子どもたちは大丈夫なのだ。
要するに子どもたちの不登校が
突きつけているもの。
それは我々大人の
「眼差しのありよう」なんだよね。
用意された試験問題を
どれだけたくさん正確に解けるか?
それで比べてちゃだめなんだよ。
今の時代は。もう。とっくに。
でも僕ら、それでこれまで生きてきた。
それこそ何十年も。
不安を避けるためにずっと
直視することをやめてきた。
疑念にずっとフタをしてきた。
ただただ与えられた問題を解いてきた。
それが人生の幸せにつながると信じてきた。
で、今どうですか?
みんな心から幸せですか?
本当にこの国はこれでいいと思いますか?
なのにまーだ学校の成績だけで悩んでるの?
脳みそ・価値観・感性、全部古すぎでしょ?
と、子どもたちの不登校が問いかけてる。
アタクシはそんな気がしてならない。
子どもたちを変えるんじゃない。
僕らこそが根こそぎ変わるんだ。
いつ変わるの? 今でしょ!
眼差しをもっとやわらかく、あたたかく、
しなやかなものに変えていく必要がある。
そう、もっともっとしなやかなものに。
はい、いつもの主語のデカい抽象論です。
具体例に欠けた、ただのポエムです。
ああ、そして無情にも、、、
2025年度確定申告期限まであと20日。
困っちゃうな、デートに誘われて♪
「違うッ!!!!」
焦っちゃうな、締切近づいて♪
……つまんないですね。失礼しました。
今日も良い一日を。
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