世間的には春分の日で、今日から3連休だ。
マンションの目の前に桜がある。
幸いうちのリビングは花見の特等席で、、、
日当たりがいいからこの桜、早いんだよね。
今朝はもうすでに七分咲きくらいだ。
「できれば入学式まで咲いていてほしい」
「週末のお花見には満開がいい」
みんな桜に対してあれこれ期待を寄せる。
「春の心はのどけからまし」とかね。
でも、ふと思う。
桜にしてみればきっと
「いや、知らんがな」って話だよね。
桜は誰かに合わせて
気を利かせて咲くわけじゃない。
人間の期待に応えるために
花を咲かせるわけでもない。
ただ単に自分の中の時計と気温が合致して
「お、そろそろ咲く時期だな♪」
となったから咲く。
そして風が吹き、雨が降れば、
あるいは単に時が満ちれば
誰に惜しまれようとハラハラと散っていく。
(春の心はのどけからまし)
そこに他人の評価や期待が
入り込む余地は1ミリもない。
これって子育ても同じだよね。
僕ら親や学校はつい、子どもに対して
開花予想みたいな期待を押し付けてしまう。
15歳になったら高校進学。
18歳になったら大学進学。
22歳になったら就職。
できればみんなと同じタイミングで
花を咲かせてほしい。
「みんなもう咲いてるぞ!」
逆にそうやって焦ってしまう。
でも桜がそうであるように、
子どもには子どもの季節がある。
子どもには子どものタイミングがある。
今はただ冷たい土の中でじっと
根っこを張ってエネルギーを
蓄えている時期なのかもしれない。
外から見えなくても、内側では
確実にその子のタイミングを計っている。
他人の期待に応えるためじゃなく、
自分の時期が来たから自分のために咲く。
誰かの期待通りになんて咲かなくていい。
自分のタイミングで咲く。
結局はそれがいつだって一番、
美しく青空に映えるんだから。
(お、純ちゃん詩人だ。笑)
親にできるのは急かすことじゃない。
ただゴキゲンに、ドーンと構えて
根っこを信じて見守ることだけ。
極論を言えば、咲かなくても別にいい。
それがどうした?
咲こうが咲くまいが
愛しい我が子に変わりない。
たとえ世界中を敵に回したとしても、
親である自分だけはこの子の味方になる。
そのくらいの開き直りがほしいよね。
そうありたい。常に。難しいけど。
さて。
世間は祝日だけど、そんなの関係ねー!
(死語?)
でも、やっぱ午後は休もうかな……。
(純ちゃん軟弱。笑)
今日も良い一日を。
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