中学受験をさせたいと思っていた僕が、息子の不登校を経験して思うようになったこと

中学受験をさせたいと思っていた僕が

僕は不登校の専門家ではないし、自分が不登校だった訳でもない。
今、不登校の悩みのただ中にいる訳でもない。
5年前に息子の不登校を経験した一人の親だ。

不登校解決に向けたアドバイスを持ち合わせている訳でもないし、渦中のリアルな気持ちを表現できる訳でもない。
でも不登校をテーマに発信をしようと思っている。
なぜか?

息子の不登校の経験が、僕にはとても大きいものだった

息子の不登校を親として経験してみて、骨身に沁みて分かったことがひとつある。
それは「自分が変わる必要があった」ということだ。

不登校には色んなケースがあると思う。
息子の場合は、ディスグラフィア(書字の学習障害)による自己肯定感の低下、クラスメート達との関係、先生や学校に対する不信感、が主な引き金だったようだ。

どうせぼくなんて、どうせ、どうせ、と言い続け、半年間外に出ることができなかった忍介。
まだ小学校三年生なのに「ぼくなんて生きていても仕方ない」と彼が言うのを聞くのは辛かった。

そんな中。
大多数の親と同じように、僕も彼を学校に行かそうとした。
あの手この手で説いた。
でも事態はぜんぜん好転しなかった。

そして「子どもを信じること」を読んで、アイスクリーム療法を試した。
考え方を変えた。
その経験が、僕にはとても大きいものだった。

息子の不登校を経験して思うようになったこと

できれば中学受験をさせたいと思っていたけど、嫌なら別に学校になんか行かなくたっていい、と思うようになった。
子どもと親は別の人格であって、子どものために親が先取りして悩む必要なんてない、と思うようになった。
子どもの幸せは願うし必要なサポートは惜しまないけど、子どもの人生に介入したり干渉するのはやめよう、と思うようになった。

僕にとって変わることは辛く苦しいことだったけど、変わってみたら本当に色んなことがラクになった。

このラクになった感覚を、ひとりでも多くの人に共有したい。
それが今の原動力になっている。

何か少しでも不登校について悩んでいる人の役に立てれば、と思う。
でも僕には具体的なアドバイスは、あんまり無かったりする。

もっと言うと、伝えたいのは僕の場合、

「自分が変わる必要があった」

ということだけかも知れない。

「変わる」は本質的である必要があった

その「変わる」は、コミュニケーションのコツを覚えたり、考え方をちょっと変えてみるくらいの半端なものじゃない。
自分というものを、それこそ部品レベルまで一旦バラして組み立て直すような変化である必要があった。

それって辛いし苦しいし、できれば避けて通りたい。

でも僕があなたに伝えたいのは、そこを避けずに、逃げずに、勇気を出してとことん自分と向き合おう、ということだ。

一人でも多くの人に、その勇気を持ってもらいたい。
そして不登校の悩みから自由になってほしい。

応援してます。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在中学3年生・デモクラティックスクールを経て2019年春からホームスクーラー/忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』を出版しています。