ゴールなんてないぜ

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第15回湘南国際マラソンは、11月13日に開催種目の変更を行い、コロナ禍でも開催できる大会運営方法を徹底的に協議・検討し、準備を進めてまいりました。

大会主催者として、皆さまの安全確保を第一優先に新型コロナウイルス感染防止対策を計画してまいりました。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の第3波が急激に拡大し、様々な側面で非常に厳しい状況が続いております。

実行委員会では、開催可否について慎重に協議・検討を行い、その結果、誠に残念ではございますが、2021年2月28日に開催を予定しておりました第15回湘南国際マラソンは「開催中止」とさせていただきます。

ああ!
またひとつ、
来年の楽しみが減ってしまった。

ぶつくさボヤこうかとも思ったけど、
やめた。

それよりも。

ちょうど10年前、
初めて10kmのレースを走ったときの
「感想記」を、改めて読み返して
初心を取り戻そう、と。

そう思っての転記です。

タイトルは「ゴールなんてないぜ」。

ちょっと長いのですが、
時間があるときに、もしよろしければ是非。

今日も良い1日を。

ゴールなんてないぜ

2010年11月28日10時59分。神奈川県足柄上郡山北町、丹沢湖畔。

突然風が吹いて、満員電車のような混雑の中でスタートを待っている僕らの頭上に、無数の紅葉が紙吹雪のように舞った。まるで僕らのスタートを祝福する演出なんじゃないかという気がするくらい、勢いよく大量の紅葉が舞う。千数百人から一斉に歓声があがる。
気持ちがぐっと高揚する。
ほぼ同時にスタートを知らせるピストルの乾いた音が鳴る。
蒸気機関車のように列がジリジリ、ゆっくりと動き出す。そこかしこで腕時計のタイムをセットするピッという電子音が聞こえる。スタート、と書かれた頭上の横断幕を越える時、僕もストップウォッチをセットした。
これから10km、生まれて初めてのレースを走る。丹沢湖をほぼ1周して、またここに戻ってくるのだ。

目標タイムは55分を切ること。昨日、家の近所をキッカリ10km走ったタイムが56分20秒だった。それを、今日は上回りたい。
満員電車なみの人混みがまるごとゆっくり進んでいく。
最初は早歩きのようなペースから徐々にジョギングくらいのペースになる。
1km、2km、3km。
最初は人口密度の高さが嫌で、遅い人をかきわけジグザグに走る。これがすごくストレスだった。あまり良いことではないと思いながらも、ジグザグに抜いていく。左右にコースを取りながら、イライラして走る。
フォームにも注意を払う。
姿勢は大丈夫だろうか? 腰が下がらないように、背筋を伸ばし、腕をリズミカルに引くことを常に意識する。お尻の下の筋肉がちゃんと動いているかに注意する。

2、3列前を走る人の中に、赤いナイキのTシャツが見える。背中に白抜き文字で「There is no finish line」と書いてある。
ゴールなんてないぜ。カッコいいじゃん。
でもとりあえず今日は10kmがゴールなんだ。そこに55分以内に飛び込むのが今日の僕の目標で、今は力をセーブして後半にとっとかなきゃいけない。
背筋を伸ばしてお尻の裏の筋肉を意識する。
There is〜のTシャツを抜く。
それにしても前を走る人間が遅い!
抜きたいんだけど、3人も4人も列になって同じペースで遅いからイライラする。左から抜く。次は右から抜く。

左手を見るともう対岸を先頭集団が走っていた。視線をずうっと自分のいるところまでスライドさせる。まだ僕の前を4〜500人は走っているように見える。道幅は一車線道路で、これだけ沢山の人間が一度に走るにしては広くない。

4kmを過ぎた頃、突然野太いおじさんの声がした。
「ホラ、もっと背筋を伸ばして、腕を振るんだ!」
前を走っていたおじさんがコースの端に立ち止まって、誰に対してでもなく言う。
「腕振り、腕振り! 腰が落ちてるぞお」

おじさんは言わば即席の「みんなのコーチ」なのだ。
参加者でありながら、同時に小出監督でもあるのだ。
年の頃は50代後半くらいだろうか? こういう人がいるんだな、と可笑しかった。
アドバイス、ありがとうございます。肝に銘じます。
背筋とお尻の裏の筋肉を意識する。規則正しく脚を出していく。

周りでは息が切れ始めた人がいるけど、僕はまだ大丈夫。
また赤いナイキの「ゴールなんてないぜ」Tシャツを着てる人がいた。追い抜く。ただし、後半バテないようにペースにも注意するのが大事だ。

走ってる間は1kmごとの表示が楽しみになる。表示ごとにストップウォッチでタイムを計り、ペースを確認する。1キロ5分19秒とか5分12秒とか。
ふと気がつくと、さっきの参加者兼監督がすごいスピードでまた僕を足音高く追い抜いていった。
「ファイト〜、ふぁいとおぉぉ!」と小出監督がみんなを励ます。
見ると5km表示のところに仁王立ちで通過者に声をかけている。
「さあ、もう半分きたぞお。がんばれ、がんばれ! 今ちょうど28分、あと半分だぞお!」

監督に28分と言われてトータルのタイムを意識した。
そうか、5kmで28分だったら、このペースでは今日のタイムは56分ということになる。ペースアップが必要だ。
ストライドを少し広くとる。腕振りの位置を低くして、自転車で言うならギアをローに入れるイメージにした。
11月とは思えないほどいい陽気で、走る身には暑い。汗がしたたる。ともすればお尻の裏の筋肉の感覚を忘れている。
そろそろ小出監督の応援が欲しいな。

6km地点でも小出監督がまたすごい勢いで僕らを抜いて、鼓舞してくれるのを期待してたんだけど、彼は来なかった。残念。人をコーチするためにオーバーペースで走ってバテたんじゃないか?
と、小出監督のことを言えないくらい自分の体もキツくなってきた。ペースが落ちている。多分、脚が全然まわっていない。少し息が切れそうな予感もしてきた。

どうすればいい?

膝も変な痛みが襲いそうな気配がする。5km28分の件でペースを上げ過ぎたのかも知れない。とにかくペースを守ることが重要だ。目標タイムはいい。膝を変に痛めてしまわないようにしたい。歩幅を縮める。給水所が見えてくる。特に喉は渇いてないけど、一旦立ち止まって、一口水を飲んだ。

スーッとモヤが晴れたみたいに身体が軽くなった。

こんな現金なことってあるか?
って笑ってしまうような回復ぶり。グンと歩幅が伸びて腕が振れるようになった。
まるで「走れメロス」じゃないか。
水の力って偉大なんだな、と心底思う。気がつけば劇的に回復している。待っていてくれ、セリヌンティウス。背筋とお尻に注意を払いながら、ペースを上げていく。

唐突に対岸のゴール地点が見えた。まだあと4分の1周くらいは走らなければいけない。それでもゴールが視界に入ると、さらに気力が漲った。

「追い越し禁止」と背中に書かれたTシャツを着た女性がいる。悪いけど、追い抜く。ごめんね。「ゴールなんてないぜ」の赤いTシャツを抜く。レース中、4人は着てたんじゃないかな? 人生はそうではないかも知れないけど、少なくとも今日はゴールがあって、あと10分ちょっとくらいでそこに飛び込むんだ。

8km。息が上がっている人が増える。
僕はそろそろ危なそうではあるけど、ギリギリまだ大丈夫。膝の嫌な予感も、そういえば消えた。背筋とお尻の筋肉に注意する。

上り坂。
自分はボールなんだと考える。地面に投げつけることでポンポン弾んで上っていくイメージ。徐々にペースを上げていく。

9km。
ほぼ全力疾走の8割までペースを上げる。
多分あと500mだろうと感じた地点で全力疾走に切り替える。まるで飛んでいるようだ。ずっと空中にいる感覚がする。息があがる。スピードで帽子が飛んでしまいそうだったので、ひったくって左手に持つ。脚がもつれそうになる。ゴールの小学校の校庭に入る。あともう10数秒だとわかっているのにキツくてペースが保てない。息ができなくなる。最後は少しペースが落ちた。

ゴール。

膝に手をついて息を整える。ゆっくりと達成感がこみあげた。汗をふいて完走証発行の列に並ぶ。
51分27秒。
水を立て続けに3杯飲む。やった、と思う。生まれて初めて、走り始めて5ヶ月目にしては、上々の結果なんじゃないかな。

会場で振る舞われていた猪汁をもらって食べる。仲間とゴール後にわいわい話している人たちを見ると、体験をすぐに他人とシェアできない自分が淋しい。ただし、一人の気楽さは好きに行動できる点だ。さっさと着替えて、帰りのバスの列に並ぶ。

10kmのあとには20kmのレースも行われていて、僕がさっき走った道を多くのランナーが苦しそうな表情で駆け抜けていく。
するとここでも「ふぁいとお!」と野太くランナーに声をかけるおじさんがいた。僕の前に並んだそのおじさん、さっきの小出監督かどうかはわからないけど、年の頃は50代後半。この世代の走歴の長そうな人たちが思いのほか多いのが印象的だった。

新松田の駅前の焼肉屋でひとり、祝杯をあげる。
中ジョッキをほとんど一気飲みしておかわりを注文したら、相席になったタクシーの運転手さんに声をかけられた。

「丹沢湖マラソンですか?」
「ええ、今10kmを走ってきたんです」
「そりゃあ、ビールが美味しいでしょう?」
「これ以上は多分ないでしょうね」

これ以上は多分ない。今の僕には。

でも、これがハーフやフルマラソンだったら?

もちろん、これ以上なんだろうと思う。
いつか、フルマラソンを走るその日に向けて、明日も早起きして走ることにする。

2010年12月18日・記

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子の忍介は書字の学習障害と軽度の発達障害があり、小学三年生の時に不登校になりました(現在19歳・忍者好き)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。