ときどきは一段視点を上げる

 

 

 

 

不思議なもんだよね。

「週に50時間はオフィスで働くものだ」

ずっとそう思い込んできた。

「とにかく人に迷惑をかけちゃいけない」

仕事が追いつかないのなら残業してでも、
いや、休日出勤してでも間に合わせる。

ずっとそう心がけてきた。

「そうじゃないと生きていけない」

そう信じ込んできた。

なんのかんの、この社会は
切なくも厳しいものなんだ、と。

「フリーランス?」

それは特別な才能に恵まれた人たちの
特別なご身分と呼べるようなもの。

「平々凡々たる自分には無理ムリむり」

そんなどこかにやっかみも
入り混じった感じもあった。

なんのかんの、人は弱い。

ぶっちゃけ組織という後ろ盾がなければ
長い人生、とても耐えられない。

ずっとそう思い込んできた。

いや、今もまだどこかそう思ってる。

決して威張れる立場でもなんでもない。
特別な才能に恵まれている訳でもない。
ただただ、消去法でしがみついてるだけ。

吹けば簡単に飛ぶような、寄るべなさ。

今もずっとそれが通奏低音になっている。

それでも――。

平日の昼間、夫婦でフラッとランチに出られる。

これは、本当に恵まれたことだと思う。

それに、オフィス勤めとは違う。

つまり、毎日顔を合わせる人はいない。
なんならほとんど人と会うことはない。

でもコミュ障にはなんら問題はない。
むしろ快適だ。

人間関係のストレスはほとんどゼロ。

今からまたオフィス勤めしろと言われても、
もう無理ムリむり無理ムリむり無理ムリ。

その一方で――。

実際に顔を合わせたことはない。

でも毎月の会報誌の発行という形で、
多くの人たちと日々接点も持っている。

確かにただの郵便物の紙切れだ。

でもその向こうにうっすらと
温かい人の気配も確実に感じている。

子どもの不登校という
同じ悩みを持つある意味、
「同志」みたいな人たちだ。

そんな同志たちが何百人といる。

何が言いたいか?

ずっと思い込んできた。

学校に行かなければまともに働けない。
組織に属さなければまともに生きていけない。

でもさ、「まとも」って何よ?

別に大多数から外れたっていいじゃん。

そもそも本当に大事なものってなんなの?

どうせ最後はみんな死ぬんだよ。

だったら「ああ、楽しかった」
と、最期はせめて笑顔でいたい。

そうですよね?

そのために一番必要なことって何?

どれだけたくさん楽しい
思い出をつくれるか、だよね。
極論するならば。

この大宇宙に浮かんだちっぽけな惑星。

僕らがそこにとどまっていられるのは
長くてもせいぜいたったの100年間。

日数で言えば36,500日。
どんだけ長くてもたったそれだけだ。

たったの3万日。

3万日経てばどうせ最後はみんな死ぬ。

楽しみ尽くさなきゃ嘘だよね?

学校も会社もそのための手段でしかない。

それが楽しいのなら、いい。
全然いい。まったく問題ない。

でも楽しくないのなら、問題だよね?

なんかときどきはね、ときどきは
そうやってあえて一段視点を上げないとね。

大事なものが曇って見えなくなる。

そんなこんなを思いながら、昨日のお昼は
美味しく鬼編集長と外食しました。

このプチぜいたく野郎め。笑
(感謝、感謝、感謝だよ)

今日も良い一日を。

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ABOUTこの記事をかいた人

1972年生まれ。 息子は小学三年生の時に不登校になり、小・中学校には通うことなく卒業しました(現在21歳・大学生)。 不登校や親子関係の悩みについて、セミナーや講座をお届けする「びーんずネット」の事務局を担当しています。趣味はマラソン。不登校をテーマにしたインタビュー事例集『雲の向こうはいつも青空』や各種書籍の出版をしています。