久々のランニング
立っていた椅子から落ちて
腰を強打した先週の日曜以降、
1週間まるまる走っていなかった。
走れる、という状態じゃなかった。
実はまだ痛みは少し残っているんだけど、
身体がなまっているようで
どうにも気分が悪い。
で昨日の朝、
ランニングシューズを履いて
恐る恐る走り出してみた。
歩くスピードと同じくらいの亀走り。
ゆっくり、ときどき立ち止まりながら
小一時間かけて5kmを走る。
肌寒いくらいの朝だったんだけど、
それでも3kmばかり走ると
うっすら汗も出てきた。
ゆっくりでもデトックス
ギシギシと音を立てていた蝶番が、
油をさされて滑らかになっていくみたいに、
固まっていた身体の隅々に
血流がゆっくり循環するような感じがする。
筋肉がほぐれていく感じがする。
いつものスピードではぜんぜん走れない。
でもこうしてゆっくりでも
実際に身体を動かしてみると、
デトックスじゃないけど、
じわじわと体内に溜まっていた何かが
流れ出ていくような感覚がある。
なかなか気分の良いものだった。
動かさないと、淀んで固まる
何事もひとつところに留まって動かさないと
淀んで固まってしまうと思う。
たかがジョギングから
飛躍しすぎかもしれない。
でも明治維新から150年目の今年2018年。
学校というシステムも、
淀んで凝り固まっているところを
ほぐす議論をしてはどうだろうか?
昨日書いた「学校スタンダード」とか、
個性や自主性の尊重と真逆を行っている。
そして相変わらずの黒板スタイル。
例えばだけど、
クラスを廃止するとか、
異年齢ミックスにするとか、
大学のように選択科目制にするとか、
教科書をやめてタブレットにするとか、
そういう発想はないのだろうか?
もっとシンプルに
黒板やめてホワイトボードにするとか…。
(なんで黒板を後生大事に
使い続けているんだろう?)
大きな石を先に入れろ!
という話じゃないけど、
今の教育って、瑣末な知識、
つまり砂や砂利ばかり
詰め込んでいやしないだろうか?
砂や砂利でいっぱいになってしまっては、
人生で大切な「大きな石」は
後からは入らない。
子どもたちには砂や砂利でなく
「大きな石」を先に入れてほしい。
切にそう思う。
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