赤ちゃんで例えられたのが、
僕にはとてもわかりやすかった。
赤ちゃんは何か不快なことがあると泣く。
そうですよね?
暑い。寒い。お腹がすいた。
ウンチでおむつが気持ち悪い。
そして泣くと親が飛んできて
いつもなんとかしてくれる。
それを繰り返すうちに、赤ちゃんは
泣けば親が快適にしてくれることを学ぶ。
毎回必ず自分のSOSに応えてくれる
親への信頼感が生まれていく。
ところが泣いても誰も来てくれない。
そういう状態が何日も続くと、
赤ちゃんは泣かなくなるらしい。
泣いても無駄だからだ。
言われてみれば当然の話だ。
辛くて泣き声をあげれば助けてもらえた。
そういう経験を繰り返して
私たちは人を信頼する力を育んでいる。
この話は昨日紹介した『不登校の歩き方』
のプロローグで書かれていたことだった。
不登校になってしまった、とよく言われる。
不登校を悪いもの、と認識しているからだ。
でも、こうも考えられないだろうか?
「不登校になることができる」
「不登校になれた」という視点だ。
子どもが不登校という行動で、「つらい」「苦しい」「助けて!」というSOSを発信できたのは、その子の中にお母さん、お父さんへの信頼感がしっかり育っているからです。そして、「人に助けを求める力」もある。この力は、今後、子どもが社会で生きていくうえで、必ず必要になってくる大事な力です。
その子は不登校になることで、「助けて!」「お母さん、お父さんを信頼してるんだよ」と言ってくれているのです。
とかく甘えや弱さ、怠けのように
見られがちな、子どもたちの不登校。
この本の中でも散々触れられているけれど。
「並の覚悟」では不登校になれない。
いや、本当に。
親も先生も社会も、寄ってたかって
「行け行け圧力」を全力でかけてくることは
子どもだって重々承知してるからだ。
不登校になることができた。
しっかりSOSを出せている。
それはある意味、親を信頼しているからこそ
できるものでもある。
そして「人に助けを求める力」。
これこそ、この先社会で生きていく上で、
必ず必要になる大事な力なんだ。
それを我が子は持っているんだ。
と捉え直してみたら、
ちょっとは考え方、変わってきませんか?
この本、本当におすすめです。ぜひ。
今日も良い1日を。
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