3月17日。火曜日の朝。
ふとカレンダーを見て閃いた。
「あ、今日で丸8年だ!!!」
2018年3月17日、土曜日の午前中。
それが僕らびーんずネットが、
初めてのセミナーを開催した日だった。
蓑田雅之さんをゲストに迎えて、
「学校って本当に必要なの?」
というテーマで語り合い大盛りあがりした、
記念すべき伝説の第1回。
元小学校の先生、
ひきこもり経験のある大学生、
絶賛不登校中の子を持つ親御さん。
集まってくれたのは15名の方たちだった。
実はその前々月に僕は会社は辞めていた。
マジで心病みそうだったんだよね。
もちろん辞める前には転職活動もしたけど
まあ、予想通りの厳しさで。
46歳のおっさんを雇ってくれるほど
転職市場はヤワじゃないわね。
社長最終面接なのにパワハラに遭うという、
更にメンタル削られる切ない事件もあった。
とにかく精神面を最優先してまず辞めた。
でもなんせ俺っち、文章ならね、
息を吐くのと同じくらい、
お茶の子さいさいで書ける。
「WEBライターなんてやってみようかな?」
どこかそんな軽い気持ちもあったんだけど、
これがマア!!!
驚くほど自分に適性がないことが
あっという間に判明。
500%、じぇんじぇんだめだった。
(会社辞める前に一回試せよな)
自分のための文章ならいくらでも書ける。
でも人に指示されて、求められた通りに
文章書くのはからきしダメだった。
まったく・まともに・書けない……。
(チーン・終了)
まさに途方に暮れた。
「勢いで会社員辞めたはいいけどさ。
どうするよ、オレ? この先の人生……」
とりあえずまずは失業保険もらうか。
なんせ無職になるの、人生3回目なんでね。
失業保険のもらい方はよーく知ってる。
でもあれ、本当に腹が立つんだよな。
他の人がどう感じるかは知らない。
でも僕には失業保険をもらうことは
まるでダメ人間みたいに思わされる。
少なくともあのシャクに障る説明を
人生3回も聞かされるのはごめんだった。
ということで失業保険は放棄して、
とりあえず何も考えずに
まずは目の前のうちの奥さんが開く
初のセミナーを全力で応援することにした。
それが運命の2018年3月17日だった。
あの日で僕の人生は大きく変わった。
セミナーに来た人たちの不安そうな顔。
そして帰るときの晴れ晴れと明るい顔。
たった2時間で起きる、この巨大な変化。
不謹慎な表現かも知れない。
でも不登校のセミナー開催するのって
こんなに面白いことなんだ、と思った。
こんなに面白いんだ。
こんなにも大きく深く、人の役に立てる。
これってすごいことじゃんね?
やっぱり役に立てる実感持てるのは
シンプルに嬉しい。
「これをこの先の人生の仕事にしたい」
心底、そう思った。
「でも、どうやって?」
いい質問です。
これをどうやって仕事にするのか?
いや、難しいですよ。本当に。
常識的に考えればまず無理ですよ。
どうやってこれを仕事にするのか?
まさにそれを身をもって
足掻き続けてきたこの8年間だった。
たまたま資料を整理してたら
2020年の活動計画を考えている
マインドマップも出てきた。
別に隠す必要もないから参考まで上げる。
ね? めちゃんこ格闘してるでしょ?
半分くらい企画がボツになってる。笑
運命の一日から丸8年。
2026年の今、僕らはどこにいるか?
15名と一緒にスタートした今、
不登校インタビュー事例集
『雲の向こうはいつも青空』
の最新12冊目の編集作業に没頭している。
書籍の出版を軸に、なんとか仕事として
成立させようと足掻き続けている。
あの日の15人から、12冊目の事例集へ。
ニュースレターも含めて取材した人は
100人を超えた。
今や累計1万人以上の人と
書籍やイベントを通じて繋がってきた。
本当にありがたいことです。
とにもかくにも死んでない。
相変わらず僕ら夫婦、
アカネ&ジュンイチの最強バディで
泥臭く、倒けつ転びつ進んでる。
まだ沈んでない。
なんならこのままずっと笑ったまま
ヘラヘラと浮かび続けてやる。
もちろん水面下の脚では必死に
バタバタと力の限り足掻きながら。
祝8周年。頑張れびーんずネット。
目の前の「楽しいこと」に全集中して、
軽やかでゴキゲンな背中を見せ続けよう。
「まず親が幸せになる」
今日も良い一日を。
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