不登校を必要以上に
大きいものと思いたくはない。
「不登校だったからよかった」
「不登校こそ逆に素晴らしいんだ」
そういうことを言いたい訳じゃない。
全然そうじゃない。
でもやっぱり思う。
子どもの不登校、という経験がなければ
絶対に気づけなかったものは、確かにある。
それは僕にはとても大きいものだった。
とても大きかった。
子どもの不登校を経験して、
いろんな活動を始める人は多い。
僕ら夫婦もそうだ。
なぜだろう?
やっぱりみんな、
とても大きいものを感じたからだと思う。
僕ら親が気づけたもの。
それは巨大な「発見」だ。
人並みに学校へ行く。
人並みに会社で働く。
それこそが人生。
多少、イヤなこともあるだろう。
でもなんとかやり過ごして生きる。
それこそが人生。
という、強烈な刷り込みというか、
拠り所としてきた価値観。
それは、実は意外に脆く、
はかない、まぼろしみたいなもので。
「すべての真実がそこにある訳じゃない」
という「発見」だ。
スクエアな視点、ともいえる感覚。
二次元に見えていた世界に
奥行きと高さが加わって三次元になる。
一直線にしか見えなかった人生のレール。
それは三次元で見てなかっただけなんだと。
気づいてしまった禁断の視点。
覚醒したからこそ見える新しい景色。
そんな「感動」が根っこにある。
何が言いたいか?
「いや、なんとしても子どもを学校に戻す」
そう思ってしまう気持ちもわかる。
かつて僕もやっぱりそうだったから。
でもね。
一個だけ言いたい。
そうやって子どもが学校に戻った。
めでたしめでたし、ハッピーエンド。
――にしちゃったらもったいないよ。
せっかくの気づくチャンス、
子どもからもらったんだから。
とことん掘り下げましょうよ、この際。
いや、苦しいよ。掘り下げるのは。
本当に難しいよ。価値観変えるのは。
でも安きに逃げて本当にいいの?
自死を選んだ不登校児のうち75%は
再登校していたという恐ろしい統計もある。
安易な再登校は命に関わる話だ。
取り返しのつかないことにもなりかねない。
だからね、力説する訳です。
そして不登校は!
決して幸せな人生の障害とはならない。
本人や家族、周囲の捉え方次第では――。
と、いうことをね。
やっぱり声を大にして言いたいです。
それでもどうしても不安でしょうがない?
そうですよね。わかります。
かつて僕もそうでした。
でも心配で不安だからこそ、
しっかり情報取りましょうよ。
孤立してしまいがちからこそ、
ちゃんとつながりを持ちましょう。
情報はびーんずネットの書籍で。
つながりは親の会や散歩会で。
リンク貼っておきますね。
あなたの行動をお待ちしています。
今日も良い1日を。

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