「あ、本当に帰っちゃうんだ」
――と思った。
あれは36年前、1990年の春。
18歳になった僕は手ぶらで
新幹線に乗って上京した。
事前の部屋探しのときと同じく、
その日は母親が付いてきてくれた。
「いーよ、別に。一人で大丈夫だって」
生意気にもそんなことを言った気がする。
でもなんせ手ぶらだ。
現地に着いて、駅前のイトーヨーカ堂で
テレビだの洗濯機だの布団だの食器だの、
生活に必要な一式を買い揃えた。
「あれも必要じゃない?」
「これも買っておいたら?」
なんせ右も左もわからない18歳の小僧だ。
母のそういうアドバイスはありがたかった。
(もちろん支払いが一番ありがたい!)
とにかく怒涛の買い物の一日だったな。
完全に一段落したところで
「じゃあ、私帰るね」とサラッと母が言う。
あ!
「本当に帰っちゃうんだ」と思った。
わかりきってることなのにね。
駅に彼女を送って、コンビニで
タバコを買って一人の部屋に戻る。
国道の歩道橋に夕陽が落ちてゆく。
街ぜんたいがオレンジ色に染まる。
耳に聞こえるのは国道を行き交う
膨大な量の車のエンジン音だけ。
ぶおーん。ぴっぴ。ふぁーん。ごー。
そんな無機質な都会のノイズだ。
この街に自分が知ってる人は
誰ひとりとしていない。
この街に自分を知る人もまた、
誰ひとりとしていない。
誰ひとりとして!!
ここでは俺は完全に自由だ。
まさに希望と栄光の地、
Land of hope and gloryだ。
それを望んでここに来た。
初めての一人暮らし。
夢にまで見た憧れの一人暮らし。
でもなんだか途方もなく不安にもなった。
「あ、オレ、完全にひとりぼっちなんだ」
ねるとん紅鯨団の石橋貴明が揶揄するように
ズームする画面とともに僕の耳元で囁く。
「ひとり、ひとり、ひとり、ひとり……」
タバコに火をつける。
吸い込んで盛大にむせた。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」
もちろん、そんな感慨は一瞬のことで、
その日の夕方だけのものだった。
そんな18歳のあの春のことを思い出した。
なぜか?
昨日、一年間の海外留学に旅立つ
我が家の21歳の大学生を
駅まで車で送ったからだ。
20分ばかりの車中。
誰も知らない異国に1年間住むのは、
実際直面してみると不安があるらしい。
やっぱり、なんせ、一人きりだしね。
去年の1ヶ月の短期留学はなんのかんの、
同じ大学の仲間もいたから違ったな、と。
そんなこんなをただただ、
「そっか、そっか。そうだよね」と聞く。
そうこうしているうちに
あっという間に武蔵小杉駅に着いた。
こじんまりとした
横須賀線側のロータリーだ。
ハザードランプをつけて車を止め、
でっかい彼のスーツケースを下ろす。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
握手して別れた。
そのまま僕は見送る。
「あ、本当に帰っちゃうんだ」
僕が18歳のときに感じたようには
彼は思ったりはしなかったろう。
彼は一切振り返らなかった。
むしろ僕が思った。
「あ、本当に行っちゃうんだ」と。
・・・・・・・・・・
そして、一夜明けて今朝6時。
起きたらちょうど
「乗り換えのアブダビに到着した」
と彼からLINEが入った。
今はトランジットで待機中。
目的地までまた7時間くらいか?
彼には長い一日だ。
何が言いたいか?
いくつになっても親は子どもが心配だ。
でもね、僕が18歳のあの日に感じた不安。
あれも振り返れば一瞬だけのことだった。
新しい土地。新しい生活。
新しい人間関係。新しい人生。
もちろん、楽しいことだけじゃないだろう。
「でも振り返ればいい経験になったな」
そう思える一年になったらいいな。
親としてはね。
いくつになっても子どもが心配だよ。
まあでもね、
ここまで手が届かない距離だと
逆に、ものすごく清々しくもある。
おーい、がんばれよ!
全力ではなく、ほどほどになー。笑
ということで――。
たわたわと感慨をつらつら書きました。
はるか長い道のりを
歩き始めた君に幸せあれ♪
今日も良い一日を。
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